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波動として振る舞う電子

電子が波動であると言うとどれほどの人が頭を傾けるでしょうか…

電子に波動性を持たせようとした着想は、光が粒子と波動の二重性をもつということの発見にあります。

もともと光は波動として広く受け入れられていました。

しかし、粒子としてでなければ説明ができない実験事例があります。

そのため、光は波動と粒子の両方の性質をもつと考えられました。

そこから考えを膨らませて、これまでの常式とは裏腹に

「粒子」として認識されていた電子にも実は「波動性」が隠れていたりしないか?

ということを当コンテンツで見ていくことにします。

波動として振る舞う電子

波動性の導入

電子に対する波動性の導入は非常にシンプルで、光のエネルギー \(\epsilon\) および運動量 \(p\) はプランク定数 \(h\)、光の振動数 \(\nu\)、光の波長 \(\lambda\) を用いれば

式(1)

\[ \begin{align*} \epsilon = h\nu \\[10pt] p = \frac{h}{\lambda} \end{align*} \]

と表せますが、式(1)がそのまま電子にも成り立つと仮定してしまいます。

そんな光速で動く光について成立した関係式を、電子に求めるなどなんとも大胆すぎかもしれません。

物質波の速度ついても後の節で触れるので、以降を読み進めてみてください。

実験的証明

電子が波動性をもつという主張は式(1) \(\epsilon = h \nu\) および \(p = \frac{h}{\lambda}\) が電子にも成立するということで表現します。

しかし実際に波動性を持つか否かということは、実験的に示される必要があります。

それでは波動性を示すにはどのようにすればよいでしょうか…

それには「回折」や「干渉」などの波動がもつ性質が観測できればいいのではないでしょうか。

実際に光の波動性を示す実験例をあげてみると、回折格子を用いた干渉縞の観測などがありますよね。

※図(光の回折格子の実験)

それならばと同じ要領で回折現象を観測したいのですが、電子のビーム(以下「電子線」と呼びます)を回折格子に照射しても干渉縞を観測することは事実上困難でしょう。

それは回折が起きるためには回折点の間隔 \(d\) と用いるビームの波長 \(\lambda\) が同程度の長さであることが求められるからです。

そこで、まず電子に式(1)を当てはめて、算出される波長がどの程度であるのか求めてみることにしましょう。

状況としては、電子線を発生させるために電子を電圧によって加速させます。

電圧 \(V\) で加速された電子の運動エネルギーを考えれば、

式(2)

\[ eV = \frac{p^2}{2m} \]

の関係式が得られます。

ここで、\(e\) は電気素量、\(p\) は加速電子の運動量、\(m\) は電子の静止質量を表しています。

式(2)の右辺が見慣れない形をしていると思った方は、運動量 \(p=mv\) を代入して運動エネルギー \(\frac{1}{2}mv^2\) になることを確認しておいてください。

式(2)に式(1)を代入して、運動量 \(p\) を消去すると

式(3)

\[ \begin{align*} eV = \frac{1}{2m}\left(\frac{h}{\lambda}\right)^2 \\[10pt] \therefore \lambda = \frac{h}{\sqrt{2meV}} \end{align*} \]

となります。

波長を計算するにあたって電子線発生器には \(50\) [V]の電圧が印加されているとしましょう。

電気素量 \(e\)、および電子の静止質量 \(m\) が \(1.602 \times 10^{-19}\) [C]、\(9.11 \times 10^{-31}\) [kg]であることに注意して式(3)に適用すると \(\lambda = 1.73 \times 10^{-10}\) [m]( \(\lambda = 1.73\) [Å])が得られます。

要するに、回折現象を観測するためには \(1\) [Å] = \(10^{-10}\) [m]程度といった非常に細かい間隔で溝を持つ回折格子が必要になります。

現代の技術を持ってすれば用意できなくも無さそうですが…そんなことをしなくてもOKです。

どういうことか説明します。

まず \(1\) [Å]程度の大きさは、おおよそ原子の直径に相当しています。

次に光の回折現象の観測に利用した回折格子ですが、この回折点に重要なポイントがあります。

それは、溝は等間隔に削られており、周期的な構造を持っていることです。

以上のことから回折現象の観測に当たって、原子が周期的に規則正しく並んだものである何らかの「結晶」を用意すればどうでしょう?

実際に電子の波動性が確認された実験手法もニッケルの単結晶などが用いられました。

※図

結晶に電子線を当てることによって回折が起き、一定の角度方向にのみ強い干渉パターンが観測されます。

これは電子が波動性を持っていることの何よりの証拠となります。

以上のように電子が波動性を持つことを説明してみましたが、実はそれ以外にも波動として振る舞う粒子は存在します。

例えば中性子などが挙げられますが、これらを総称して一般に「物質波」と呼びます。

※電子の波動性を提唱した者にちなんで「ド・ブロイ波」とも呼ばれます。

また、先程の電子線回折現象を利用した「電子線回折法」といった分析手法があり、結晶構造解析などの研究に用いられています。

波動性を持つ粒子の捉え方

「粒子」の位置は必ず1箇所に決まるはずです。

一方で「波動」は空間に広がりながら伝播していく現象を指します。

これらは似ても似つかないものではないでしょうか?

ところが、量子論では粒子と波動をセットで扱います。

前節までの間で、粒子として認識されていた電子が実は波動としても振る舞うことを見ました。

これは一体どういうことなのでしょうか…

なんとかして統一的に理解したいところです。

そこで波の関数の性質を利用してみましょう。

波を表現する関数の代表として \(\cos\) 関数を挙げることにします。

これを図示すると、\(-\infty\) から \(\infty\) の範囲で永久に続いていることが分かります。

コサイン関数

ところが、周波数の異なる波を重ねてみるとどうでしょうか。

例えば、\(\cos{5x}\) と \(\cos{6x}\) の合成波を考えると、次の図のようになります。

合成波

更に様々な周波数をもつ \(\cos\) 関数を重ね合わせてみることにしましょう。

すると各波の関数の位相が揃っている部分だけが強めい、その結果特に一箇所だけ鋭くなっている様子が分かるかと思われます。

波束N=100

つまるところ、この鋭くなっている点が粒子における位置を表現しているというのですね。

またこのような「存在する範囲が一部分に限定されている波動」は、波をたくさん寄せ集めることによって作られることから「波束」と呼ばれます。

この波束を解析することにより粒子性と波動性とは一体どういうことかについて探りを入れて見ることにしますが、その前にまずは最も単純な波動である正弦波の記述から入りましょう。

伝播する波動の速度

正弦波について、ある速度を持って伝播する様子の記述を見てみます。

一般に、波動関数は振幅 \(A\)、波数 \(k\)、角速度 \(\omega\) を用いて

\[ \begin{align*} y(x,t) &= A\sin{2\pi \left(\frac{x}{\lambda}-\frac{t}{T}\right)}\\[10pt] & = A\sin{(kx-\omega t)} \end{align*} \]

と表現できます。

またオイラーの公式を利用して、波動を複素数表示しておくと扱いやすくなるので、

式(4)

\[ \psi(x,~t) \equiv Ae^{i(kx-\omega t)} = A\cos{(kx-\omega t)} + iA\sin{(kx-\omega t)} \]

としておきます。

波動を実数で表現する際は \(y(x,~t)\) を用いましたが、複素波動を表現するものとして新たに \(\psi(x,~t)\) としています。

さて、波動の伝播の様子はその速度によって表現できそうですが、実際に速度 \(v_{\phi}\) で \(x\) 軸方向に伝播しているとすると、その速度は具体的にどのように表現されるでしょうか…

以下の手続きによって、波動のパラメータ(つまり波数 \(k\) あるいは角速度 \(\omega\) )を用いて \(v_{\phi}\) を求めてみました。

具体的には、

  • ある時刻における波動の状態から、時間経過した状態を記述する(時間を動かす)
  • ある時刻における波動の状態から、波動の形状を変えずに平行移動させる(位置を動かす)

ということになりますが、言葉では少しイメージが湧かないので実際に行ってみます。

【手続き①】

ある時刻における波動の状態から、時間経過した状態を記述する(時間を動かす)

題目には”時間を動かす”としていますが、単に時間経過にしたがって波動を眺めることに相当しています。

波動の伝播

ある時刻 \(t_0\) における波動関数は \(e^{i(kx-\omega t_0)}\) で表現できますね。

ここから \(\Delta t ~ ( = t - t_0)\) の時間経過を表現するには波動関数の変数を \(t_0 \rightarrow t_0 + \Delta t\) とするだけです。

つまり、

式(5)

\[ e^{i(kx-\omega t_0)} \rightarrow e^{i\left\{ kx-\omega (t_0 + \Delta t) \right\}} = e^{i(kx-\omega t)} \]

となることが分かります。

ただこのような手続きを踏まなくても、初期時刻 \(t_0\) から \(\Delta t\) 時間後の時刻が \(t\) であるなら、時刻 \(t\) における波動関数は当然 \(e^{i(kx-\omega t)}\) と表現されるので、そこはおまかせします。

【手続き②】

ある時刻における波動の状態から、波動の形状を変えずに平行移動させる(位置を動かす)

この手続は先程と違って、人為的なものです。

手続き①では時間経過をみており、これは自然の成り行きで観察できるものです。

手続き②は位置を(むりやり)平行移動させてみるという仮想的な操作である点で異なります。

実際には、次のとおりです。

波動の平行移動

まず初期時刻 \(t_0\) における波動関数 \(e^{i(kx-\omega t_0)}\) を用意します。

これを \(x\) 軸方向にある距離だけシフトさせるのですが、好き勝手に移動させることはできません。

波動は \(v_{\phi}\) の速度で伝播するのでこれに準じた平行移動をさせてみましょう。

速度 \(v_{\phi}\) に時間 \(\Delta t ~ (= t - t_0)\) を掛ければ移動距離になるので、この分だけ波動関数を移動させます。

\(x\) 軸の方向へ \(v_{\phi} \Delta t\) だけ仮想的に平行移動させるには波動関数の変数を \(x \rightarrow x - v_{\phi} \Delta t\) とするだけです。

※ \(v_{\phi}\Delta t\) の符号について、\(x\) 軸右向きにシフトさせる際、負号によって表現することに注意です。

つまり、

式(6)

\[ e^{i(kx-\omega t_0)} \rightarrow e^{i\left\{k(x-v_{\phi}\Delta t)-\omega t_0\right\}} \]

となります。

ここまで見てきたものを再度まとめつつ言葉で言い換えると、

  • 手続き①で得た式(5)は「時間 \(\Delta t\) 後の時刻 \(t\) ではこのような波形になりました」ということ
  • 手続き②で得た式(6)は「時間 \(\Delta t\) 後の時刻 \(t\) ではこのような波形になるはず」ということ

を表しています。

そして式(5)および式(6)は等しいとして、

\[ e^{i(kx-\omega t)} = e^{i\left\{k(x-v_{\phi}\Delta t)-\omega t_0\right\}} \]

底が等しいので指数部で比較すると

式(7)

\[ \begin{align*} &kx-\omega t = k(x-v_{\phi}\Delta t)-\omega t_0 \\[10pt] &\Leftrightarrow kv_{\phi}\Delta t = \omega (t - t_0) \\[10pt] &\Leftrightarrow kv_{\phi}\Delta t = \omega \Delta t \\[10pt] &\therefore v_{\phi} = \frac{\omega}{k} \end{align*} \]

が得られます。

この速度には「位相速度(phase velocity)」という名称が与えられていますが、その意味は後ほど触れることにしましょう。

重ね合わせによって生成される波動

正弦波は \(Ae^{i(kx-\omega t)}\) で表現できます。

そして波動には、重ね合わせの原理といった複数の波動を足し合わせることが可能な性質を持っていました。

ここでは、波数 \(k\) や角速度 \(\omega\) が異なる波動どうしを重ね合わせたときに、どのようなことが生じるのか確認することにします。

簡単のために異なる波動を2つだけ用意することにします。

波動Aおよび波動Bについて、波数 \(k\) と角速度 \(\omega\) をそれぞれ、\((k_A, \omega_A)\) 、\((k_B, \omega_B)\) ように与えることにします。

ただし \(k_A\) と \(k_B\) の差および \(\omega_A\) と \(\omega_B\) の差は小さいものとしておきましょう。

簡潔に言うと、波動Aと波動Bの性質に多少差があるくらいの設定を施したということです。

以上のことから波動A、Bの波動関数はそれぞれ

式(8-A)

\[ W_A \equiv Ae^{i(k_1 x - \omega_1 t)} = Ae^{i\phi_1} ~ (\phi_1 \equiv k_1 x - \omega_1 t) \]

式(8-B)

\[ W_B \equiv Ae^{i(k_2 x - \omega_2 t)} = Ae^{i\phi_2} ~ (\phi_2 \equiv k_2 x - \omega_2 t) \]

と表現できますね。

簡単のために、波動Aおよび波動Bの振幅 \(A\) は等しいものとしています。

ちなみに、波動A、Bの伝播速度は式(7)からそれぞれ \(v_{\phi}^{(A)} = \frac{\omega_1}{k_1}\)、\(v_{\phi}^{(B)} = \frac{\omega_2}{k_2}\) となります。

これら波動A、Bを重ね合わせることを考えているので、式(8-A)、式(8-B)を足し合わせばよく

式(9)

\[ \begin{align*} W_A + W_B &= Ae^{i\phi_1} + Ae^{i\phi_2} \\[10pt] &= A(\cos\phi_1 + i\sin\phi_1) + A(\cos\phi_2 + i\sin\phi_2) \\[10pt] &= A(\cos\phi_1 + \cos\phi_2) + iA(\sin\phi_1 + \sin\phi_2) \\[10pt] &= 2A\cos{\frac{\phi_1 + \phi_2}{2}}\cos{\frac{\phi_1 - \phi_2}{2}} + 2iA\sin{\frac{\phi_1 + \phi_2}{2}}\cos{\frac{\phi_1 - \phi_2}{2}} \\[10pt] &= 2A\cos{\frac{\phi_1 - \phi_2}{2}}\left(\cos{\frac{\phi_1 + \phi_2}{2}} + i\sin{\frac{\phi_1 + \phi_2}{2}}\right) \\[10pt] &= 2A\cos{\frac{\phi_1 - \phi_2}{2}}e^{i\frac{\phi_1 + \phi_2}{2}} \end{align*} \]

が得られます。

最初と最後の式変形では、オイラーの公式 \(e^{i\theta} = \cos\theta + i\sin\theta\) を利用しています。

そして \(\phi_1 = k_1x - \omega_1t\)、\(\phi_2 = k_2x - \omega_2t\) を式(9)における位相部分に戻せば

\[ \begin{align*} \frac{\phi_1 - \phi_2}{2} &= \frac{(k_1x - \omega_1t) - (k_2x - \omega_2t)}{2} \\[10pt] &= \left(\frac{k_1 - k_2}{2}\right)x - \left(\frac{\omega_1 - \omega_2}{2}\right)t \\[10pt] &= \Delta k x - \Delta \omega t ~~ \left( ~ \Delta k \equiv \frac{k_1 - k_2}{2}, ~ \Delta \omega \equiv \frac{\omega_1 - \omega_2}{2} ~ \right) \end{align*} \]

\[ \begin{align*} \frac{\phi_1 + \phi_2}{2} &= \frac{(k_1x - \omega_1t) + (k_2x - \omega_2t)}{2} \\[10pt] &= \left(\frac{k_1 + k_2}{2}\right)x - \left(\frac{\omega_1 + \omega_2}{2}\right)t \\[10pt] &= \bar{k}x - \bar{\omega}t ~~ ( ~ \bar{k} \equiv \frac{k_1 + k_2}{2}, ~ \bar{\omega} \equiv \frac{\omega_1 + \omega_2}{2}~ ) \end{align*} \]

となるので、式(9)は

式(10)

\[ W_A + W_B = 2A\cos{(\Delta k x - \Delta \omega t)}e^{i(\bar{k}x - \bar{\omega}t)} \]

と表されます。

式(10)の時間発展の様子を以下に示しました。

※このブラウザはcanvasアニメーションをサポートしていません。

※アニメーションの解説がここに入ります。(速度が異なる波動の説明)

\(\cos\) 関数は包絡線になっていて、\(e^{i(kx-\omega t)}\) の全体的な形状を決定しています。

また \(\cos\) 関数が伝播していく速度は位相成分から \(\frac{\Delta \omega}{\Delta k}\) で有ることが分かります。

というのも…

\[ \Delta k x - \Delta\omega t = \Delta k \left(x - \frac{\Delta \omega}{\Delta k}t\right) \]

と表現できますので

これは、速度 \(v_g\) で運動する波動 \(e^{ikx}\) (時刻 \(t = 0\))が時間 \(\Delta t = t\) 後に \(e^{i\left\{k(x -v_g\Delta t)\right\}} = e^{i\left\{k(x -v_g t)\right\}}\) に変化することから、位相部分を比較すれば

式(10)

\[ v_g = \frac{\Delta \omega}{\Delta k} \simeq \frac{d\omega}{dk} \]

で与えられることになるということです。

\(\Delta k\) および \(\Delta \omega\) の絶対値は小さいということから、近似的に微分で置き換えています。

ちなみに式(10)の \(v_g\) を「群速度(group velocity)」といって、これについては式(7)の位相速度 \(v_{\phi}\) と合わせて後ほど触れることにします。

以上のように、ここでは波動を重ね合わせることによって新たな波動を生じることを見ましたが、その結果として重ね合わせる前とは異なる速度で、かつ複雑な伝播をするようになることが理解できたかと思われます。

波束

最も単純な波動である正弦波 \(e^{i(kx - \omega t)}\) は波数 \(k\) や角速度 \(\omega\) を決定することによって、その概形を定めることができます。

そして異なる波数や角速度を持った正弦波が複数重ね合わさると、波動の干渉による強め合いや弱め合いによって様々な形状の波動(合成波)が形成されます。

中でも、ある箇所の周辺だけ打ち消し合わないような波動を波束と言って、図で表現すると次に示すようなものになります。

ガウス型波束

そもそもどうしてこんなことを考えているのかということは後ほど見ていきたいので、今は置いておいてまずは目の前のことだけ集中です。

話を戻して、このような波束を形成するためには一体どんな正弦波を重ね合わせる必要があるのか考えてみましょう。

そもそも干渉によって波動が強め合ったり弱め合ったりするというのは、それぞれを言い換えると重なり合う波動どうしの位相が揃っているか揃っていないかということ。

※このブラウザはcanvasアニメーションをサポートしていません。

図の上側はそれぞれ波数および角速度一定の正弦波で、下側には合成波を示しています。

それぞれの位相が一致しているほど、波動どうし強め合うことが理解できると思います。

逆にそのとき以外では、波動はバラバラしていて上手く強めあってくれません。

このことから、ある点付近でのみ波動が強め合っている状態とは、足し合わせる正弦波の位相がその点付近でのみ揃っていると言い換えることができます。

また、足し合わせる波動の選び方によっても得られる合成波の形状は異なるので考えておかなくてはいけません。

たとえば、足し合わせる正弦波それぞれの波数が互いに近い場合(A)と、波数が互いに離れている場合(B)を見てみましょう。

図の(A)は波数が \(k = 3.25\), \(3.5\), \(3.75\), \(4.0\), \(4.25\), \(4.5\), \(4.75\) であり、(B)は波数が \(k = 1\), \(2\), \(3\), \(4\), \(5\), \(6\), \(7\) の \(\cos\) 関数を足し合わせたものです。

図からも分かるとおり、波数が近い正弦波どうしを足し合わせた場合、どうしても幅は広くなってしまうものの、ある一部の区間でのみ強め合っていることが分かります。

一方で波数が離れている正弦波どうしを足し合わせてしまうと複数箇所で強め合ってしまう事がわかります。

つまり、一部分で強め合うような波束を考える際には、波数が近い正弦波を足し合わせればいいことが分かります。

それでは前置きが長くなってしまいましたが、これから順を追って数学的に記述していくことにしてみましょう。

それぞれの正弦波の波数と角速度を \(k_j\)、\(\omega_j\) とすれば、合成波 \(\Psi\) は次のように \(j = 1\) から \(N\) までの和として表現できます。

式(10)

\[ \Psi = \sum_{j=1}^N Ae^{i(k_jx-\omega_jt)} = \sum_{j=1}^N Ae^{i\left\{k_jx-\omega(k_j)t\right\}} \]

ただし、\(A\) は正弦波の振幅を表し、簡単のために \(j = 1\) から \(N\) までのすべてが等しいものとしました。

また、2つ目の等号では、一般に角速度が波数に依存するということから、波数 \(k_j\) の関数として \(\omega_j = \omega(k_j)\) という関係を利用しています。

次に、先程のお話でもあったように足し合わせる正弦波についての条件を施します。

今回は波数 \(\left\{k_j\right\} ~ (~ 1 \leqq j \leqq N ~)\) の平均値 \(\bar{k}\) を用いて、それに近い波数をもつ正弦波のみを足し合わせることにしましょう。

そして、その取り決めを適用するために式(10)を次のように変形してみます。

式(11)

\[ \begin{align*} \Psi = \sum_{j=1}^N Ae^{i\left\{k_jx-\omega(k_j)t\right\}} &= \sum_{j=1}^N Ae^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}} e^{i\left[(k_j-\bar{k})x-\left\{\omega(k_j)- \omega(\bar{k})\right\}t\right]} \\[10pt] &= Ae^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}} \sum_{j=1}^N e^{i\left[(k_j-\bar{k})x-\left\{\omega(k_j)- \omega(\bar{k})\right\}t\right]} \\[10pt] \end{align*} \]

このようにすることで、近似が使えるようになるのですね。

具体的にはそれぞれの正弦波の波数 \(k_j\) は \(\bar{k}\) に近いので、\(\Delta k_j \equiv k_j - \bar{k} \simeq 0 ~ (k_j = \bar{k} + \Delta k_j)\) という微小量を考えると、\(\omega(k_j)\) は次のように展開できるようになります。

式(12)

\[ \begin{align*} \omega(k_j) &= \omega(\bar{k} + \Delta k_j) \\[10pt] &\simeq \omega(\bar{k}) + \frac{d\omega}{dk}\Delta k_j \\[10pt] \Leftrightarrow ~ &\omega(k_j) - \omega(\bar{k}) \simeq \frac{d\omega(\bar{k})}{dk} \Delta k_j \end{align*} \]

2行目の式変形はテイラー1次近似を利用しています。

※テイラー展開の公式についてのコンテンツは作成中です。

そして式(12)を式(11)に代入すると、

式(13)

\[ \begin{align*} \Psi &= Ae^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}} \sum_{j=1}^N e^{i\left[(k_j-\bar{k})x-\left\{\omega(k_j)- \omega(\bar{k})\right\}t\right]} \\[10pt] &\simeq Ae^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}} \sum_{j=1}^N e^{i\left\{\Delta k_j x- \frac{d\omega(\bar{k})}{dk}\Delta k_j t\right\}} \\[10pt] &= Ae^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}} \sum_{j=1}^N e^{i\Delta k_j\left\{x-\frac{d\omega(\bar{k})}{dk}t\right\}} \\ \end{align*} \]

となります。

得られた式(13)はどういう意味なのか見ておきます。

式(13)を見てみると、\(e^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}}\) という部分と、\(\sum_{j=1}^N e^{i\Delta k_j\left\{x-\frac{d\omega(\bar{k})}{dk}t\right\}}\) という部分があります。

先程の取り決めから \(\Delta k_j\) は非常に小さい値を取ることが、一方で重ね合わせる正弦波の波数の平均値である \(\bar{k}\) はそれらよりも大きい値を取ることが分かります (\( ~ \Delta k_j \ll \bar{k} ~ \)) 。

つまり、\(e^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}}\) は小刻みな振動を表現し、逆に \(e^{i\Delta k_j\left\{x-\frac{d\omega(\bar{k})}{dk}t\right\}}\) は緩やかな振動を表現するのですが…

特に後者は包絡線としての役割をもっていて、全体的な波形の輪郭を決定してくれるのです。

まとめると、式(13)は波数 \(\bar{k}\)、角速度 \(\omega(\bar{k})\) の波動 \(e^{i\left\{\bar{k}x-\omega(\bar{k})t\right\}}\) を、\(\sum_{j=1}^N e^{i\Delta k_j\left\{x-\frac{d\omega(\bar{k})}{dk}t\right\}}\) の輪郭にして搬送させることを意味します。

そして、これらのことから合成波には二種類の波動の伝播速度が定義できて、前者および後者の波動からそれぞれ

式(14) 位相速度

\[ v_\phi = \frac{\omega(\bar{k})}{\bar{k}} \]

式(15) 群速度

\[ v_g = \frac{d\omega(\bar{k})}{dk} \]

が与えられます。

これらは名前が指し示すとおり、搬送される波動の位相がどのくらいの速度で進むのかを表すのが位相速度で、波束としての塊がどのくらいの速度で移動するのかを表すのが群速度です。

※現時点ではここまでの説明にとどめておきます。実は正弦波を重ね合わせることによって形成される波束は時間経過とともに崩れていってしまうという欠点があります。興味がある方は調べてみて下さい。もし必要があればまた更新することにします。

物質波への適用

複数の波動を足し合わせた際に、搬送される波動の速度として位相速度と群速度が定義されます。

これらを物質波に適用することを考えましょう。

物質波については式(1)の \(\epsilon = h\nu\) と \(p = \frac{h}{\lambda}\) が成り立ちましたが、これらを波数 \(k\) および角速度 \(\omega\) を用いて表すと

式(16)

\[ \begin{align*} &\epsilon = \hbar\omega \\[10pt] &p = \hbar k \end{align*} \]

となります。

式(1)から式(16)へは、ディラック定数 \(\hbar = \frac{h}{2\pi}\) および、角速度について \(\omega = 2\pi\nu\) 、波数について \(k = \frac{2\pi}{\lambda}\) の関係式を利用しています。

いま物質波は外から何も影響を受けていないとすると、つまりポテンシャルエネルギーを考える必要がない場合を想定すると、物質波のエネルギー \(\epsilon\) は運動エネルギーに等しくなるので、エネルギー保存の法則から

\[ \epsilon = \frac{p^2}{2m} \]

のようになり、ここに式(16)を代入していくと

式(17)

\[ \begin{align*} \hbar\omega &= \frac{\hbar^2k^2}{2m} \\[10pt] \therefore \omega &= \frac{\hbar k^2}{2m} \end{align*} \]

が得られます。

式(17)を位相速度の式 \(v_{\phi} = \frac{\omega}{k}\) および群速度の式 \(v_g = \frac{d\omega}{dk}\) に適用させると、それぞれ

式(18)

\[ \begin{align*} &v_{\phi} = \frac{\hbar k}{2m} \\[10pt] &v_g = \frac{\hbar k}{m} \end{align*} \]

となります。

ここで群速度の式に注目すると面白いことが分かります。

式(19)

\[ \begin{align*} &mv_g = \hbar k \\[10pt] &\Leftrightarrow mv_g = \frac{h}{\lambda} \\[10pt] &\Leftrightarrow p = \frac{h}{\lambda} \end{align*} \]

といったように式変形すると、物質波の式に戻ってくることが分かります。

ただし、ポイントは運動量に

式(20)

\[ p = mv_g \]

という、古典力学で成り立つ関係を利用していることです。

※ちなみに計算してみてくれれば分かると思いますが、位相速度に対して古典的運動量 \(p = mv_\phi\) を適用した場合 \(p = \frac{1}{2} \frac{h}{\lambda}\) という関係となり、物質波の式を満たしません。

つまり以上のことから、粒子としても波動としても振る舞う電子の姿を捉えることができ、粒子として運動する速度が群速度 \(v_g\) であり、波動としてとして運動する速度が位相速度 \(v_\phi\) に相当していることが分かります。

しかし、残念なことがありこの解釈は完全なものではなかったりします。

というのも、この関係は当小節の冒頭で示した「外力が働かない」という条件もの成立するものであり、それ以外の場合ではこういったイメージを持つことができません。

ただこれ以上考える必要性は今のところ無さそうなので、必要に応じて対処していくことにしましょう。