濃度の異なる溶液を半透膜によって仕切られた容器に入れたとき半透膜の両側では圧力に差が生じることが知られています。
この圧力差を浸透圧と呼び、扱う物質の種類に依存しない束一的性質の1つです。
当ページでは、浸透圧の概念と導出、そして応用であるファント・ホッフの式について詳しく解説します。
■このページで分かる内容のまとめ■
温度 \(T ~ [\text{K}]\) において体積 \(V_\alpha ~ [\text{m}^3]\) の溶液中に存在する溶質 \(n_{2\alpha} ~ [\text{mol}]\) による浸透圧 \(\Pi ~ [\text{Pa}]\) は気体定数 \(R ~ [\text{J/mol・K}]\) を用いて次式で与えられます。
\[ \Pi ~ V_\alpha \simeq n_{2\alpha} RT \]
■目次■
浸透圧
半透膜で仕切られた2つの部屋に入れられた液体について考えたとき、半透膜を透過できない成分を多く含む部屋は少ない部屋よりも圧力が大きくなります。
例えば、半透膜を透過する溶媒1に半透膜を透過しない溶質2を溶解させた溶液をそれぞれ濃度を変えて部屋 \(\alpha\) および部屋 \(\beta\) に入れたとき、濃度が高い溶液が入った部屋の圧力は大きくなります。
これは溶質2が半透膜を透過せず、半透膜を押すために起こる現象です。
この各部屋に生じた圧力の差を浸透圧と呼びます。
浸透圧の理論
前節で示した 半透膜で仕切られた2つの部屋にそれぞれ異なる濃度の溶液を入れた容器を考えます。
平衡状態において、各部屋間を行き来できる溶媒1の化学ポテンシャルは等しく、次の関係が成立します。
\[ \mu^{\text{(L)}}_{1 \alpha}(T; ~ P_\alpha, ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}}_\alpha) = \mu^{\text{(L)}}_{1 \beta}(T; ~ P_\beta, ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}}_\beta) \]
※式(1)は系が温度・圧力一定の条件でないにも関わらず、\((T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})\) 表示の化学ポテンシャルを利用しましたが、各部屋の体積 \(V_\alpha\), \(V_\beta\) を用いた次式から始めても問題ありません。
\[ \mu^{\text{(L)}}_{1 \alpha}(T; ~ V_\alpha, ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}}_\alpha) = \mu^{\text{(L)}}_{1 \beta}(T; ~ V_\beta, ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}}_\beta) \]
上式は式(1)と等価です。なぜなら変数の異なる化学ポテンシャルは それぞれギブス自由エネルギー \(G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})\) およびヘルムホルツ自由エネルギー \(F(T; ~ V, ~ \boldsymbol{n})\) の物質量に関する偏微分係数として与えられますが、これらは次に示すように等しいからです。
\[ \left(\frac{\partial F}{\partial n_i}\right)_{T, V, n_{j\char`≠i}} = \left(\frac{\partial G}{\partial n_i}\right)_{T, P, n_{j\char`≠i}} \]
詳細は化学ポテンシャルに詳しく解説したページを参照ください。
溶液の濃度が希薄で理想的に振る舞うとき、溶媒成分の化学ポテンシャルは次式で近似できます。
\[ \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}}) = \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P) + RT \ln x_1 \]
ただし式中の \(\mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P)\) は、温度 \(T\)、圧力 \(P\) における純粋な溶媒1の化学ポテンシャルであることに注意です。
この近似を式(1)に適用すると次式が得られます。
\[ \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\alpha) + RT \ln x_{1 \alpha} = \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\beta) + RT \ln x_{1 \beta} \]
ここで \(x_{1 \alpha}\), \(x_{1 \beta}\) はそれぞれ部屋 \(\alpha\) および部屋 \(\beta\) の溶媒1のモル分率です。
それぞれの部屋には溶質2がごく少量含まれており、そのモル分率を \(x_{2 \alpha}\), \(x_{2 \beta} ~ ( ~ \simeq 0 ~ )\) とすると \(x_{1 \alpha} + x_{2 \alpha} = 1\) および \(x_{1 \beta} + x_{2 \beta} = 1\) が成立しています。
このとき更に次に示す近似
\[ \begin{align*} &\ln x_{1 \alpha} = \ln ( 1 - x_{2 \alpha} ) \simeq - x_{2 \alpha} ~~~ ( ~ \because x_{2 \alpha} \simeq 0 ~ ) \\[15pt] &\ln x_{1 \beta} = \ln ( 1 - x_{2 \beta} ) \simeq - x_{2 \beta} ~~~ ( ~ \because x_{2 \beta} \simeq 0 ~ ) \end{align*} \]
が利用できるので、式(2)は
\[ \begin{align*} &\text{eq(3.1) :} ~~~~~ \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\alpha) - RT x_{2 \alpha} = \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\beta) - RT x_{2 \beta} \\[15pt] &\text{eq(3.2) :} ~~~~~ \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\alpha) - \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\beta) = RT ( x_{2 \alpha} - x_{2 \beta} ) \end{align*} \]
となります。
式(3.2)左辺について、化学ポテンシャルは状態量であることから区間 \([P_\beta, ~ P_\alpha]\) の積分として書き換えることができるので
\[ \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\alpha) - \mu^{\text{(L)}}_1(T, ~ P_\beta) = \int_{P_\beta}^{P_\alpha} \left( \frac{\partial \mu^{\text{(L)}}_1}{\partial P} \right)_T dP \]
また、単成分の化学ポテンシャルを圧力について偏微分するとモル体積 \(\bar{V}^{\text{(L)}}_1\) に等しくなります。
\[ \bar{V}^{\text{(L)}}_1 = \left( \frac{\partial \mu^{\text{(L)}}_1}{\partial P} \right)_T \]
液体のモル体積は圧力変化に対して鈍感で ほぼ一定と見なせるので、結局 式(4)右辺の積分は次のようになります。
\[ \int_{P_\beta}^{P_\alpha} \left( \frac{\partial \mu^{\text{(L)}}_1}{\partial P} \right)_T dP = \big( P_\alpha - P_\beta \big) \bar{V}^{\text{(L)}}_1 \]
以上 式(4)〜式(6)から式(3.2)は次のようにまとめられます。
\[ \big( P_\alpha - P_\beta \big) \bar{V}^{\text{(L)}}_1 = RT \big( x_{2 \alpha} - x_{2 \beta} \big) \]
式(7)の結果から、濃度の高い溶液が満たされた部屋のほうが圧力が高くなることが分かります。
部屋 \(\alpha\) の濃度が高く \(x_{2 \alpha} > x_{2 \beta}\) であれば、\(P_\alpha > P_\beta\) となります。
ファント・ホッフの式
浸透圧現象を溶質の分析に利用することができ、良く知られているものとしてファント・ホッフの式があります。
半透膜で仕切られた容器のそれぞれの部屋に、溶媒1および溶質2からなる溶液と、純粋な溶媒1を入れた状況を考えましょう。
これは先で導いた式(7)について、\(x_{2 \beta} = 0\) と置いた状況なので
\[ \big( P_\alpha - P_\beta \big) \bar{V}_1 = RT x_{2 \alpha} \]
が得られます。
次に溶質のモル分率 \(x_{2 \alpha}\) を物質量を用いて表します。
このとき理想希薄溶液中の溶質の物質量は限りなく少ないため、\(n_{2 \alpha} \simeq 0\) であることを利用して
\[ \begin{align*} &\text{eq(9.1) :} ~~~~~ x_{2 \alpha} &&= \frac{n_{2 \alpha}}{n_{1 \alpha} + n_{2 \alpha}} \\[15pt] &\text{eq(9.2) :} ~~~~~ &&\simeq \frac{n_{2 \alpha}}{n_{1 \alpha}} ~~~ ( ~ \because n_{2 \alpha} \simeq 0 ~ ) \end{align*} \]
とします。
式(9.2)を式(8)に戻して整理すると次式が得られます。
\[ \big( P_\alpha - P_\beta \big) n_{1\alpha} \bar{V}_1 \simeq n_{2\alpha} RT \]
いま溶液の濃度は非常に薄いことから、式中の \(n_{1\alpha} \bar{V}_1\) はちょうど部屋 \(\alpha\) の体積 \(V_\alpha\) にほぼ等しいと考えられます。
また冒頭で説明した通りで 各部屋の圧力差を浸透圧と呼び \(P_\alpha - P_\beta \equiv \Pi\) と表すと、結局 式(10)は
\[ \Pi ~ V_\alpha \simeq n_{2\alpha} RT \]
となってファント・ホッフの式が得られます。
ファント・ホッフの式を利用すれば 浸透圧の測定から溶質の物質量を、またその逆を知ることが可能になります。
さて、式(11)をよく見ると理想気体の状態方程式 \(PV = nRT\) と非常に類似していることに気付きます。
\[ \begin{gather*} \Pi ~ V_\alpha \simeq n_{2\alpha} RT \\[15pt] PV = nRT \end{gather*} \]
気体の圧力は、容器に封入した気体が占める体積を広げようとする結果として生じます。
それと同じように妄想すれば、浸透圧 \(\Pi\) は溶質2が占める体積を広げようとする結果生じる圧力と解釈することができます。
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今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。