最も確からしい微視的状態を定めたとき、エネルギー \(\epsilon_i\) および \(\epsilon_j\) をもつ分子数の比 \(\frac{N_i}{N_j}\) の比はボルツマン分布として次式で与えられます。
\[ \frac{N_i}{N_j} = e^{-\beta(\epsilon_i - \epsilon_j)} \]
当ページでは、更に複雑なエネルギー状態を取り得る場合における微視的状態について考えます。
■このページで分かる内容のまとめ■
分子が取り得るエネルギーと微視的状態が1対多になることがあり、それを縮退していると言います。
エネルギー \(\epsilon_i\) に対して、異なる状態が \(\mathrm{g}_i\) だけあるとき、それを縮退度と言います。
エネルギー準位に縮退がある場合におけるボルツマン分布は次式で表されます。
\[ \frac{N_i / \mathrm{g}_i}{N_j / \mathrm{g}_j} = e^{-\beta(\epsilon_i - \epsilon_j)} \]
縮退のあるエネルギー準位
縮退のあるエネルギー準位では、あるエネルギーに対して複数の状態を取り得ます。
単純なエネルギー準位の場合、各エネルギー \(\epsilon_i ~ \big(1 \leq i \leq r\big)\) に対して1つの状態を考えれば良く、図で表すと次のようになります。
他方、次の図に示すように1つのエネルギー準位に複数の状態を持つ場合があります。
例えば上図では、\(\epsilon_2\) に3つの異なる状態があることを示しています。
この様にエネルギー準位に複数の状態を有することを縮退していると言います。
そして、異なる状態の数を縮退度といって \(\mathrm{g}_i\) で表し、
上図の例では \(\epsilon_0\), \(\epsilon_1\) の縮退度は \(\mathrm{g}_0 = \mathrm{g}_1 = 3\) であり、\(\epsilon_2\) の縮退度は \(\mathrm{g}_2 = 3\) となります。
縮退したエネルギー準位をもつ場合の微視的状態
エネルギー準位が縮退している場合について、最も確からしい系の微視的状態を考えてみましょう。
計算を進めると縮退度を考慮したボルツマン分布が得られ、より現実的な系の記述が可能になります。
まずは微視的状態の総数を計算するところから。簡単な状況を考えて一般化していきましょう。
例えば、3つのエネルギー準位 \(\epsilon_0\), \(\epsilon_1\), \(\epsilon_2\) に7つの分子を分配する事を考えます。
\(\epsilon_0\) に3つ、\(\epsilon_1\) に2つ、\(\epsilon_2\) に2つ分配したとすると \(\frac{7!}{3!2!2!}\) 通りの場合が存在します。
では、\(\mathrm{g}_2 = 3\) であるとき、微視的状態の総数はどのようになるでしょうか。
分子は本来区別できませんが、区別して考えることで生じ得る状態の種類ではなく、それら状態の生じやすさを数えることができました ( 詳しくは微視的状態についての解説から )。
区別ある2つの分子は3つのエネルギー準位のうちのどこかを占有するので、\(3 \times 3 = 3^2\) 通りの分配方法が存在することになります。
つまりまとめると、上記の例において微視的状態の総数は次のようになります。
\[ 3^2 \cdot \frac{7!}{3!2!2!} \]
上記の内容から縮退度が \(\mathrm{g}_i\) のエネルギー準位 \(\epsilon_i\) に \(N_i\) だけ分子が占有する場合、微視的状態は \(\mathrm{g}_i^{N_i}\) 倍 増加すると言えます。
すると一般に微視的状態の総数は次式で表されることが分かります。
\[ w(\boldsymbol{N}) = \mathrm{g}_0^{N_0} \mathrm{g}_1^{N_1} \mathrm{g}_2^{N_2} \cdots \mathrm{g}_r^{N_r} \frac{N!}{N_0! N_1! N_2! \cdots N_r!} = \prod_{i = 0}^r \mathrm{g}_i^{N_i} \frac{N!}{\prod_{i = 0}^r N_i!} \]
縮退したエネルギー準位をもつ場合のボルツマン分布
縮退したエネルギー準位をもつときの、微視的状態の総数 \(w(\boldsymbol{N})\) を求めることができました。
このときの最も確からしい微視的状態 すなわち \(w\) が最大となる \(\boldsymbol{N}\) を求めてみましょう。
縮退のない単純なエネルギー準位の場合について、ボルツマン分布式を導出した際と計算方針は同様です 。
最大最小問題を解く際、一般的には関数を微分していく事になりますが、階乗を含む式を解析する場合は対数微分法が役に立つのでした。
そこでまずは \(\ln w(\boldsymbol{N})\) を計算していきます。
\[ \begin{align*} \ln w(\boldsymbol{N}) &= \ln \prod_{i = 0}^r \mathrm{g}_i^{N_i} \frac{N!}{\prod_{i = 0}^r N_i!} \\[15pt] &= \ln \prod_{i = 0}^r \mathrm{g}_i^{N_i} + \ln \frac{N!}{\prod_{i = 0}^r N_i!} \end{align*} \]
縮退度の項は、対数法則を用いて式変形をすれば次のようになります。
\[ \ln \prod_{i = 0}^r \mathrm{g}_i^{N_i} = \sum_{i = 0}^r N_i \ln \mathrm{g}_i \]
階乗項は既にボルツマン分布 ( 式(1) ) の導出過程で得られた結果から
\[ \ln \frac{N!}{\prod_{i = 0}^r N_i!} \simeq N \ln N - \sum_{i = 0}^r N_i \ln N_i \]
となるので、したがって \(\ln w(\boldsymbol{N})\) は次で与えられることが分かります。
\[ \begin{align*} \ln w(\boldsymbol{N}) &\simeq \sum_{i = 0}^r N_i \ln \mathrm{g}_i + N \ln N - \sum_{i = 0}^r N_i \ln N_i \\[15pt] &= \sum_{i = 0}^r N_i \ln \frac{\mathrm{g}_i}{N_i} + N \ln N \end{align*} \]
ここから \(\ln w(\boldsymbol{N})\) を \(N_j\) で微分していきます
\[ \begin{align*} \frac{\partial \ln w(\boldsymbol{N})}{\partial N_j} &= \frac{\partial}{\partial N_j} \sum_{i = 0}^r N_i \ln \frac{\mathrm{g}_i}{N_i} \\[15pt] &= \sum_{i = 0}^r \left\{ - \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} - N_i \frac{\partial}{\partial N_j} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} \right\} \\[15pt] &= \sum_{i = 0}^r \left\{ - \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} - N_i \cdot \frac{\mathrm{g}_i}{N_i} \frac{\partial \left( \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} \right)}{\partial N_j} \right\} \\[15pt] &= \sum_{i = 0}^r \left\{ - \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} - \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \right\} \\[15pt] &= - \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} - \textcolor{red}{\sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j}} \end{align*} \]
赤色で示した項は次式で示す通り、定数 \(N\) の微分になるため 0 です。
\[ \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} = \frac{\partial}{\partial N_j} \sum_{i = 0}^r N_i = \frac{\partial N}{\partial N_j} = 0 \]
したがって微視的総数の微分係数は
\[ \frac{\partial \ln w(\boldsymbol{N})}{\partial N_j} = - \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} \]
となります。
ラグランジュの未定乗数法を用いて条件付き最大最小問題を解きましょう。
条件は次式で与えられる総分子数 \(N\) と系の総エネルギー \(E\) で、それぞれ定数であるとします。
\[ \begin{align*} N &= \sum_{i = 0}^r N_i \\[15pt] E &= \sum_{i = 0}^r N_i \epsilon_i \end{align*} \]
両辺を \(N_j\) で偏微分したものは以下の通り。
\[ \begin{align*} 0 &= \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \\[15pt] 0 &= \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \epsilon_i \end{align*} \]
ラグランジュの未定乗数法から、\(\alpha\)、\(\beta\) を未定係数とすると次式の成立が求められます。
\[ \frac{\partial \ln w(\boldsymbol{N})}{\partial N_j} = \alpha \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} + \beta \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \epsilon_i \\[15pt] \Leftrightarrow ~ - \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} = \alpha \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} + \beta \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \epsilon_i \\[30pt] \therefore ~ \sum_{i = 0}^r \frac{\partial N_i}{\partial N_j} \left( \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} + \alpha + \beta \epsilon_i \right) = 0 \]
更に式(12)を満たすためには、
\[ \left\{ \begin{gather*} ~\frac{\partial N_i}{\partial N_j} = 0 \\[15pt] \text{or} \\[5pt] ~ \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} + \alpha + \beta \epsilon_i = 0 \end{gather*} \right. \]
である必要がありますが、\(\frac{\partial N_i}{\partial N_j} ~ \char`≠ ~ 0\) であるため、後者が適当であることが分かります。
\[ \begin{align*} \ln \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} + \alpha + \beta \epsilon_i = 0 \\[15pt] \Leftrightarrow ~ \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} = e^{-\alpha} e^{-\beta \epsilon_i} \end{align*} \]
エネルギー \(\epsilon_j\) について式(13)が同様に次式が成立して
\[ \frac{N_j}{\mathrm{g}_j} = e^{-\alpha} e^{-\beta \epsilon_j} \]
式(13)および式(14)との比を考えれば \(\alpha\) は消去できて、縮退度を考慮したボルツマン分布式が得られます。
\[ \frac{N_i / \mathrm{g}_i}{N_j / \mathrm{g}_j} = e^{-\beta(\epsilon_i - \epsilon_j)} \]
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今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。