熱力学系が平衡状態にあるとき、それを熱平衡状態にあると言います。
それは熱力学系がどの様な状態にあるかを特徴づける温度 \(T\)、体積 \(V\)、物質量 \(n\) などの変数が時間変化しないことを表します。
当ページでは熱力学における熱平衡状態の重要性について詳しく解説していきます。
熱平衡状態とは
熱平衡状態とは、熱力学系が平衡状態にあることを指します。
そもそも平衡状態についても、理解しておく必要があるでしょう。
「平衡」とは「バランスが取れている」ことを意味し、系の変化が停止した状態のことを言います。
熱力学系においては、その系を特徴づける温度 \(T\)、体積 \(V\)、物質量 \(n\) が時間的に変化していないと理解すれば問題ありません。
逆に言えば、系の変数が時間的に変化していれば平衡状態ではなく、今度はそれを非平衡状態と呼びます。
例えば次のような熱力学系を考えたとき
ピストンを操作して容器の体積が変化している最中はもちろん非平衡状態なわけです。
また容器に温度計を指して、ピストンを操作した際の系内部の温度変化を測定してみると分かることですが…実はピストンの操作を止めて容器の容積を固定しても、温度変化は継続して起こります。
そしてある程度静置しておけば、次第に温度変化は止まって一定温度に落ち着きます。つまり平衡状態に到達するということです。
系の温度における経験的事実
熱力学系を取り扱っていると、どうも経験的に成り立つ事実がある事に気が付きます。
前節の最後で述べたように、系に対する操作を中止しても系の内部の温度はある程度時間を置かなければ一定温度に落ち着いてくれません。
熱力学の理論を体系化するにあたって、この系の温度における経験的事実を要請することにします。
非平衡状態にある熱力学系を十分に長い時間静置したとき、系の温度はある一定の温度に落ち着き平衡状態に達する
ここで上記の「ある一定の温度」というのは、どの様な系を取り扱っているかによって異なります。
その内容を先走ると以下の通りになります。
- 等温環境下 : 系の内部温度は、外部環境の温度と等しくなる
- 断熱条件下 : 系の内部温度は、外部環境の影響を受けず、系が決定する
ここで外部環境というのは、系の外側を指しています。
上記2つに相当する状況はというと…
例えばペットボトルに入った温かい飲み物を放置していると、外気と同じ温度に変化してしまいます。これが等温環境下に置かれた状況です。
一方で断熱条件下とは、魔法瓶に入ったお湯などを想像すると良いでしょう。長い時間置いても中身の温度は保たれるように、外部の影響を受けずにそれ自身が温度を決めています。
詳細は関連コンテンツとして以下を御覧ください。
平衡状態の記述と状態量
ここからは系の平衡状態を数学的に記述していくことを考えます。
熱力学ではこの平衡状態の記述が非常に重要です。
なぜなら考えるべきことが少なくなり、取り扱いが容易になるからです。
まずはその記述法をお見せしましょう。
\[ (T; ~ V, ~ n) \]
熱力学系が、温度 \(T\)、体積 \(V\)、物質量 \(n\) であるとき、平衡状態を式(1)のように記述します。
この様にたった3つの変数を定めるだけで平衡状態を記述できてしまうのが熱力学の優れた所です。
一方で、非平衡状態における系の記述は熱力学の適用範囲外になります。
先程、平衡状態は取り扱いが容易であると言いましたが、逆に非平衡状態は取り扱いが困難なのです。
次の図を見ていただきましょう。
これは容器に封入された気体の様子です。
左は平衡状態に達した気体を、右は非平衡状態を表しています。
気体のような流体は複雑な運動が可能なため、非平衡な状況で系の詳細を知るには気体について運動方程式を解く必要があります…
しかし平衡状態であれば前述の通りたった3つの変数で系の状態を記述できるのです。
もし非平衡状態を式(1)と同様に表現しようとすると、容器のあらゆる位置 \(\boldsymbol{r}_i\) について温度を定める必要があり…
\[ \big( ~ T(\boldsymbol{r}_1, ~ t), ~ T(\boldsymbol{r}_2, ~ t), ~ T(\boldsymbol{r}_3, ~ t), ~ \cdots, T(\boldsymbol{r}_N, ~ t) ; ~ V, ~ n ~ \big) \]
こんな事になり兼ねません…。
加えて温度は時間 \(t\) にも依存することになってしまい、もはや取り扱いが容易でないことは一目瞭然です。
このようなことから、熱力学での平衡状態の取り扱いが重要であることが理解できるかと思われます。
言い換えれば、熱力学における系の温度は平衡状態でなければ定義できないということです。
このような平衡状態において定義される物理量を状態量と言います。
熱力学では温度、体積、物質量以外にも圧力、エネルギー、エントロピーといった様々な状態量を扱って理論体系を構築していくことになります。
示量変数と示強変数
系の平衡状態を記述するために必要な変数 \((T; ~ V, ~ n)\) にはそれぞれ特徴があります。
その特徴は、セミコロン「 ; 」の左右で分けられます。
セミコロンの左側には示強変数を、右側には示量変数を並べます。
示強変数と示量変数とは何か、そしてどういった違いがあるのかを以下で説明してきます。
示量変数
まずは示量変数から説明していきます。
示量変数はセミコロンの右側に並んだ変数なので、体積 \(V\) と物質量 \(n\) がそれに相当します。
示量変数について理解するために、2つの系 \((V_1, ~ n_1)\)、\((V_2, ~ n_2)\) を用意します。
経験的に理解できるかと思われますが、この2つの系を混合して出来上がる新たな状態について、その体積と物質量はどの様になっているか考えてみて下さい。
答えは…
\[ (V_1 + V_2, ~ n_1 + n_2) \]
ですね。
つまり、示量変数とは2つの系を混合したとき、ちょうど混合前のそれら変数の和になるという性質をもちます。
その名称の通り、「量」に依存する変数ということです。
これは混合以外にも、系の大きさを定数倍して拡張 ( スケールアップ ) する場合も同様です。
つまり、
\[ (\lambda V, ~ \lambda n) = \lambda (V, ~ n) \]
と言ったように、左辺は小さな系 \((V, ~ n)\) を \(\lambda\) 個用意したものに等しいわけです。
ただし、次のようにどちらか一方の示量変数に定数 \(\lambda\) が掛かっているときは、前に出すことはできません。
\[ \begin{align*} (\textcolor{red}{\lambda} V, ~ n) ~ \char`≠ ~ \lambda (V, ~ n) \\[15pt] (V, ~ \textcolor{red}{\lambda} n) ~ \char`≠ ~ \lambda (V, ~ n) \end{align*} \]
以上まとめると、示量変数とは系の大きさに依存する物理量を指すことが分かります。
示強変数
では示強変数はどの様な性質を持つでしょうか。
示量変数との対比を考えると、「強さ」に依存する変数ということになります。
実際に示強変数である温度 \(T\) は示量変数のような混合すればそのまま和になるといった性質を持ちません。
例えば、同じ温度 \(T\) の系を2つ用意してそれらを混合すると、温度が \(2T\) になるかというと…そうはなりませんよね。
50 \([\text{℃}]\) のお湯2つを混合しても 100 \([\text{℃}]\) のお湯は得られないのです。
一般化して考えると、系を \(\lambda\) 倍しても系の温度は変わらないので次の関係が成り立つことが分かります。
\[ (T; ~ \lambda V, ~ \lambda n) = \lambda (T; ~ V, ~ n) \]
以上まとめると、示強変数とは系の大きさに依存しない物理量を指すことが分かります。
熱力学が教えてくれること
前節までに見てきたように、熱力学では系の平衡状態にしか着目しません。
ですが、これからは系の状態が変化する状況を考えていく事になります。
その変化の最中では、系は非平衡状態となるので熱力学の適用範囲から外れてしまいます。
そう考えると、熱力学は限定された状況でしか利用できない不便な理論であるように思えます。
しかしながら変化前後の平衡状態を知るだけで、途中の出来事についての情報を得ることができたり、
はたまた、その変化のさせかたを工夫すれば平衡状態を崩さずに、系がどういった変化をたどったかという事も分かるのです。
詳しくは以下のページを参照していただければと思います。
まとめ
熱力学系を十分に長い時間静置すればある状態に落ち着き、それを熱平衡状態と言います。
系の平衡状態は温度 \(T\)、体積 \(V\)、物質量 \(n\) を用いて次のように記述されます。
\[ (T; ~ V, ~ n) \]
平衡状態において定義される物理量のことを状態量といって、温度、体積、物質量以外にも圧力やエネルギーなどがあります。
また平衡状態を記述する変数には種類があり、示強変数と示量変数に分けられます。
示強変数とは、系の大きさに依存しない物理量を指し、温度などがそれに相当します。
一方で示量変数は、系の大きさに依存する物理量であり、体積や物質量などが含まれます。
【サイト運営 : だいご】
今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。