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エネルギー期待値

統計力学では系の状態を微視的に捉えることで、それぞれの分子がどの様な状態にあるかを細かく表現することができます。

しかし実際それぞれの分子を個別具体的に扱っていくのは現実的ではなく、全体的に捉える方が扱いも容易です。

このとき、結局分子は全体的に見ると平均してどれくらいのエネルギーを持っていると言えるかを教えてくれるのがエネルギー期待値です。

分子のエネルギー期待値

ボルツマン分布式を用いて、分子のエネルギー期待値を計算してみましょう。

そのためにはエネルギー \(\epsilon_i\) をもつ分子数 \(N_i\) がどのくらいの割合で存在するかを確率分布として表す必要があります。

確率分布の計算

全分子数 \(N\) の内、\(\epsilon_i\) のエネルギーをもつ分子数 \(N_i\) の割合 \(\frac{N_i}{N}\) をボツルマン分布式を用いて計算します。

式(1)

\[ \frac{N_i / \mathrm{g}_i}{N_j / \mathrm{g}_j} = e^{-\beta(\epsilon_i - \epsilon_j)} \]

まず式(1)を次のように変形してみます。

式(2)

\[ N_i \frac{\mathrm{g}_j}{\mathrm{g}_i} e^{\beta(\epsilon_i - \epsilon_j)} = N_j \]

\(j\) について両辺 和を計算すると次のようになります。

式(3)

\[ \begin{align*} \sum_{j = 0}^r N_i \frac{\mathrm{g}_j}{\mathrm{g}_i} e^{\beta(\epsilon_i - \epsilon_j)} &= \sum_{j = 0}^r N_j \\[15pt] \frac{N_i}{\mathrm{g}_i} e^{\beta \epsilon_i} \sum_{j = 0}^r \mathrm{g}_j e^{- \beta \epsilon_j} &= N \end{align*} \]

式(3)を整理すれば、次に示す通り \(\frac{N_i}{N}\) を求めることができます。

式(4)

\[ \frac{N_i}{N} = \frac{\mathrm{g}_i e^{-\beta \epsilon_i}}{\displaystyle\sum_{j = 0}^r \mathrm{g}_j e^{-\beta \epsilon_j}} \]

エネルギー期待値

式(4) \(\frac{N_i}{N}\) は \(\epsilon_i\) を確率変数としたときの確率分布です。

したがって、分子が取り得るエネルギー \(\epsilon_i\) の期待値を求めることができます。

分子のエネルギー期待値を \(\bar{\epsilon}\) とすると、それは変数と確率の積について和を計算した次式で与えられます。

式(5)

\[ \sum_{i = 0}^r \epsilon_i \frac{N_i}{N} \equiv \bar{\epsilon} \]

したがって、式(5)に式(4)を代入すれば、エネルギー期待値の具体的な表式が得られます。

式(6)

\[ \bar{\epsilon} = \frac{\displaystyle\sum_{i = 0}^r \epsilon_i \mathrm{g}_i e^{- \beta \epsilon_i}}{\displaystyle\sum_{j = 0}^r \mathrm{g}_j e^{- \beta \epsilon_j}} \]

エネルギー期待値の計算

ここからは具体的に計算を行っていき、1分子あたりのエネルギー期待値を求めることにしましょう。

計算を進めるためには、考えている状況において縮退度 \(\mathrm{g}_i\) がどの様な表式で与えられるかを知る必要があります。

分子が取り得るエネルギー準位の縮退度

分子が取り得るエネルギー準位 \(\epsilon_i\) の縮退度 \(\mathrm{g}_i\) を計算していきます。

分子間での相互作用が無い場合、1分子がもつエネルギーは運動エネルギーで表すことができます。

式(7)

\[ \begin{align*} \text{eq(7.1) : } ~~~~~ && \epsilon_i &= \frac{1}{2} m |\boldsymbol{v}_i|^2 \\[15pt] \text{eq(7.2) : } ~~~~~ && &= \frac{1}{2} m (v_x^2 + v_y^2 + v_z^2) \\[20pt] \text{eq(7.3) : } ~~~~~ && \Leftrightarrow ~ & \frac{2 \epsilon_i}{m} = v_i^2 = v_x^2 + v_y^2 + v_z^2 ~~~ ( ~ v_i^2 \equiv |\boldsymbol{v}_i|^2 ~ ) \end{align*} \]

\(\boldsymbol{v}_i\) は速度ベクトルであり、3次元空間内では \(x\), \(y\), \(z\) 方向の成分を用いて記述することができます。

ここで、例えば \(\frac{2\epsilon_i}{m} = 1\) の場合を満たす \((v_x, ~ v_y, ~ v_z)\) の組を考えます。

次に示す速度の組み合わせは、いずれも条件を満たすことが分かるでしょう。

\[ (v_x, ~ v_y, ~ v_z) = \left\{ \begin{align*} & ~ (1, ~ 0, ~ 0) \\[5pt] & ~ (0, ~ 1, ~ 0) \\[5pt] & ~ (0, ~ 0, ~ 1) \\[5pt] & ~ \left(\frac{1}{\sqrt{3}}, ~ \frac{1}{\sqrt{3}}, ~ \frac{1}{\sqrt{3}}\right) \end{align*} \right. \]

条件式(7.3)は見方を変えれば、\(v_x\), \(v_y\), \(v_z\) を軸とした空間にある半径 \(v_i = \sqrt{\frac{2\epsilon_i}{m}}\) の球殻 ( 球面 ) です。

速度を軸に持つ位相空間

この球殻上であれば どの点であっても分子のエネルギーは等しく、すなわち縮退したエネルギー状態はこの球殻上に多数存在している…と考えることが可能です ( 抽象的です )。

では、その縮退度はどの様に与えれば良いでしょうか。

例えば、空間座標 \((v_x, ~ v_y, ~ v_z)\) を取り囲む微小体積 \(\Delta v^3\) を1つの状態として扱うことにすれば、縮退度は球殻の体積を微小体積で割った量に等しいと考えることができそうです。

位相空間の微小体積

球殻の体積は表面積 \(4\pi v_i^2\) と厚み \(\Delta v_i\) の積で与えられるので、縮退度 \(\mathrm{g}_i\) は

式(8)

\[ \mathrm{g}_i = \frac{4\pi v_i^2 \Delta v_i}{\Delta v^3} \]

としておけば良いでしょう。

あとはエネルギー期待値を丁寧に計算していくだけ

式(6)に式(8)で与えた縮退度を代入します。

式(9)

\[ \begin{align*} \bar{\epsilon} ~ &= ~ \frac{\displaystyle\sum_{i = 0}^r \epsilon_i \frac{4\pi v_i^2 \Delta v_i}{\Delta v^3} e^{- \beta \epsilon_i}}{\displaystyle\sum_{j = 0}^r \frac{4\pi v_j^2 \Delta v_j}{\Delta v^3} e^{- \beta \epsilon_j}} ~ = ~ \frac{\displaystyle\sum_{i = 0}^r \epsilon_i v_i^2 e^{- \beta \epsilon_i} \Delta v_i}{\displaystyle\sum_{j = 0}^r v_j^2 e^{- \beta \epsilon_j} \Delta v_j} \end{align*} \]

適当に導入した微小体積 \(\Delta v^3\) が上手く消えてくれるので具合が良いですね!

ここからは、\(\Delta v_i \rightarrow 0\) として式(9)の和を積分に置き換えて計算をしていきます。

このとき \(r \rightarrow \infty\) となるので、積分範囲は \([0, ~ \infty)\) となります。

したがって式(9)は次のように書き換えられます。

式(10)

\[ \bar{\epsilon} = \frac{\displaystyle\int_0^\infty \epsilon v^2 e^{- \beta \epsilon} dv}{\displaystyle\int_0^\infty v'^2 e^{- \beta \epsilon'} dv'} \]

ここで1分子の運動エネルギー \(\epsilon = \frac{1}{2} mv^2\) と、その微分 \(d\epsilon = mv dv\) を用いて積分変数を \(v\) から \(\epsilon\) に変換します。

式(11)

\[ \begin{align*} \bar{\epsilon} ~ = ~ \frac{\displaystyle\int_0^\infty \epsilon v^2 e^{- \beta \epsilon} \textcolor{red}{\frac{d\epsilon}{mv}}}{\displaystyle\int_0^\infty v'^2 e^{- \beta \epsilon'} \textcolor{red}{\frac{d\epsilon'}{mv'}}} ~ &= ~ \frac{\displaystyle\int_0^\infty \epsilon v e^{- \beta \epsilon} d\epsilon}{\displaystyle\int_0^\infty v' e^{- \beta \epsilon'} d\epsilon'} \\[40pt] &= ~ \frac{\displaystyle\int_0^\infty \epsilon \textcolor{red}{\sqrt{\frac{2\epsilon}{m}}} e^{- \beta \epsilon} d\epsilon}{\displaystyle\int_0^\infty \textcolor{red}{\sqrt{\frac{2\epsilon'}{m}}} e^{- \beta \epsilon'} d\epsilon'} ~ = ~ \frac{\displaystyle\int_0^\infty \epsilon \sqrt{\epsilon} e^{- \beta \epsilon} d\epsilon}{\displaystyle\int_0^\infty \sqrt{\epsilon'} e^{- \beta \epsilon'} d\epsilon'} \end{align*} \]

得られた式(11)の分母、分子についてそれぞれ積分を計算していきますが、このときガウス積分が必要になります。

結果のみを示すと

\[ \begin{align*} \int_0^\infty \sqrt{\epsilon'} e^{- \beta \epsilon'} d\epsilon' = \frac{\sqrt{\pi}}{2\beta^{\frac{3}{2}}} \\[15pt] \int_0^\infty \epsilon \sqrt{\epsilon} e^{- \beta \epsilon} d\epsilon = \frac{3\sqrt{\pi}}{4\beta^{\frac{5}{2}}} \end{align*} \]

となるので、式(11)に戻せば次式が得られます。

式(12)

\[ \bar{\epsilon} = \frac{3}{2\beta} \]

これが分子のエネルギー期待値となります。

ところでエネルギー期待値とは、1分子あたりの平均エネルギーとも等しい量です。

式(5)に戻って、次に示すように変形すると理解できます。

式(13)

\[ \begin{align*} \text{eq(5) : } ~~~~~ \bar{\epsilon} &= \sum_{i = 0}^r \epsilon_i \frac{N_i}{N} \\[15pt] &= \frac{1}{N} \textcolor{red}{\sum_{i = 0}^r \epsilon_i N_i} = \frac{\textcolor{red}{E}}{N} \\[20pt] &\therefore ~ \bar{\epsilon} = \frac{E}{N} \end{align*} \]

ここで \(E\) は系の総エネルギーです。

つまり \(\bar{\epsilon}\) は気体分子運動論から導かれる平均エネルギーに等しいと言え、次の関係が成立することが分かります。

式(14)

\[ \bar{\epsilon} = \frac{3}{2}k_\text{B}T = \frac{3}{2\beta} \]

\(k_\text{B}\) はボルツマン定数で1分子あたりの気体定数 \(\frac{R}{N}\) に等しい量です。

また、式(14)から直ちに \(\beta\) も次のように定まる事が分かります。

式(15)

\[ \beta = \frac{1}{k_\text{B}T} \]

\(\beta\) は温度の逆数に比例するので逆温度と呼ばれます。

【サイト運営 : だいご】

今年で物理化学歴11年目になります。

大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。