統計力学と熱力学の関係を分配関数と呼ばれる関数を用いてまとめることができます。
当ページでは分配関数とは何か、そして分配関数によって統計力学と熱力学がどの様に結びつくのかを確認していきます。
分配関数とは
分配関数とは、統計力学的な状態をすべて足し合わせた関数のことです。
分配関数にはいくつか種類が存在し、それぞれに異なった名称が与えられています。
下記に示すのはそれぞれ分子分配関数、分配関数、大分配関数です。
\[ z = \sum_{i = 0}^r e^{-\frac{\epsilon_i}{k_\text{B}T}} \]
\[ Z = \sum_{i = 0}^r e^{-\frac{E_i}{k_\text{B}T}} \]
\[ \Xi = \sum_{i = 0}^r \sum_{N = 0}^s e^{-\frac{E_{i,N} - \^\mu N}{k_\text{B}T}} \]
上記に含まれる記号の意味は以下のとおりです。
- \(T\) : 絶対温度
- \(k_\text{B}\) : ボルツマン定数
- \(\epsilon_i\) : 分子がとり得る \(i\) 番目のエネルギー準位
- \(E_i\) : 正準集団の要素 ( 系 ) がとり得る \(i\) 番目のエネルギー準位
- \(E_{i,N}\) : 大正準集団の要素 ( 系 ) がとり得る \(N\) 個の分子を含む場合の \(i\) 番目のエネルギー準位
- \(\^\mu\) : 1分子あたりの化学ポテンシャル
- \(N\) : 系に含まれる分子数
またこれら関数はそれぞれボルツマン分布、正準分布、大正準分布を規格化するものでもあります。
実際に各分布関数は次のように記述され、全体の和を計算すれば 1 に等しくなります。
\[ \frac{N_i}{N} = \frac{e^{-\frac{\epsilon_i}{k_\text{B}T}}}{z} \]
\[ \frac{M_i}{M} = \frac{e^{-\frac{E_i}{k_\text{B}T}}}{Z} \]
\[ \frac{M_{i,N}}{M} = \frac{e^{-\frac{E_i - \^\mu N}{k_\text{B}T}}}{\Xi} \]
ここで上記に含まれる記号の意味は下記のとおりです。
- \(N_i\) : \(i\) 番目のエネルギー準位を占有する分子数
- \(N\) : 系に含まれる全分子数
- \(M_i\) : \(i\) 番目のエネルギー準位を占有する正準集団の要素 ( 系 ) の数
- \(M\) : 正準集団の全要素数
- \(M_{i,N}\) : \(N\) 個の分子を含んだ \(i\) 番目のエネルギー準位を占有する大正準集団の要素 ( 系 ) の数
- \(M\) : 大正準集団の全要素数
分配関数と熱力学量
分配関数を用いれば統計力学と熱力学の関係性を明らかにできます。
特に重要になるのは分配関数 \(Z\) と大分配関数 \(\Xi\) です。
なぜなら分配関数 \(Z\) および大分配関数 \(\Xi\) はそれぞれ正準集団および大正準集団の概念から定義されるものであり、これらの概念は集団の要素である「系」の平均を扱うことができるからです。
以下では分配関数 \(Z\) を用いて、どのように熱力学量が導けるかを説明していきます。
内部エネルギー
熱力学的内部エネルギー \(U\) は、統計力学の視点から見れば系が取り得るエネルギー \(E\) の時間平均という解釈になります。
エネルギーの時間平均 \(\bar{E}\) は、統計的に期待値の計算によって得ることが可能で
\[ U = \bar{E} = \sum_{i = 0}^r E_i \cdot \frac{M_i}{M} \]
で与えられます。
ここで式(7)に含まれる \(\frac{M_i}{M}\) が式(5)で与えられる正準集団の確率分布に相当します。
実際に式(7)に式(5)を代入して計算を進めると
\[ U = \frac{1}{Z} \sum_{i = 0}^r E_i e^{-\frac{E_i}{k_\text{B}T}} \]
となって、式(8)の和は次のように分配関数 \(Z\) を用いて書き直すことができます。
\[ \begin{align*} \sum_{i = 0}^r E_i e^{-\frac{E_i}{k_\text{B}T}} &= -\frac{\partial}{\partial \left( 1/k_\text{B}T \right)} \sum_{i = 0}^r e^{-\frac{E_i}{k_\text{B}T}} \\[15pt] &= -\frac{\partial Z}{\partial \left( 1/k_\text{B}T \right)} \end{align*} \]
式(9)を式(8)に戻せば
\[ \begin{align*} U = -\frac{1}{Z} \frac{\partial Z}{\partial \left( 1/k_\text{B}T \right)} &= - \frac{\partial \ln Z}{\partial \left( 1/k_\text{B}T \right)} \\[15pt] &= - \left( \frac{\partial \ln Z}{\partial T} \right)_{V, ~ n} \cdot \left( \frac{\partial \left( 1/k_\text{B}T \right)}{\partial T} \right)^{-1} \\[15pt] &= k_\text{B}T^2 \left( \frac{\partial \ln Z}{\partial T} \right)_{V, ~ n} \end{align*} \]
といった関係が導かれます。
このように系の分配関数 \(Z\) と温度 \(T\) が分かっていれば、系の内部エネルギーを求めることができます。
エントロピー
エントロピー \(S\) と分配関数 \(Z\) の関係はどうでしょうか。
まず着目したいのはボルツマンの原理 \(S = k_\text{B} \ln w\) です。\(w\) は系の微視的状態の数を表しています。
正準集団は次の図に示すように要素となる系を \(M\) 個集めてできたもので
それら系が平均的に \(w\) の微視的状態を取ると考えれば、集団全体が取る状態数 \(W\) は微視的状態の \(M\) 乗で与えることができます。
\[ W = w^M \]
式(11)を \(S = k_\text{B} \ln w\) に代入すれば次のようになります。
\[ S = \frac{k_\text{B}}{M} \ln W \]
正準集団の状態数 \(W\) は次の通りで
\[ W = \frac{M!}{M_0! M_1! M_2! \cdots} = \frac{M!}{\prod_{i = 0}^r M_i!} \]
状態数の対数 \(\ln W\) をスターリングの公式 \(\ln M! \simeq M \ln M - M\) を用いて整理すると
\[ \ln W = -\sum_{i = 0}^r M_i \ln \frac{M_i}{M} \]
となります。
式(14)と式(12)から \(\ln W\) を消去すれば、エントロピーが次のように記述できることが分かります。
\[ S = - \frac{k_\text{B}}{M} \sum_{i = 0}^r M_i \ln \frac{M_i}{M} \]
最後に正準分布 式(5) \(\frac{M_i}{M}\) を式(15)に代入して計算を進めると
\[ \begin{align*} S &= - \frac{k_\text{B}}{M} \sum_{i = 0}^r M_i \ln \frac{e^{-\frac{E_i}{k_\text{B}T}}}{Z} \\[15pt] &= - \frac{k_\text{B}}{M} \sum_{i = 0}^r M_i \big( \ln e^{-\frac{E_i}{k_\text{B}T}} - \ln Z \big) \\[15pt] &= \frac{k_\text{B}}{M} \sum_{i = 0}^r M_i \left( \frac{E_i}{k_\text{B}T} + \ln Z \right) \\[15pt] &= \frac{1}{T} \sum_{i = 0}^r E_i \frac{M_i}{M} + k_\text{B} \ln Z \frac{1}{M} \sum_{i = 0}^r M_i \end{align*} \]
となって、1つ目の和はエネルギー期待値 \(\bar{E} = U\)、2つ目の和は \(\sum_{i = 0}^r M_i = M\) であるから、結果としてエントロピーは次式で表されることが分かります。
\[ S = \frac{U}{T} + k_\text{B} \ln Z \]
このようにエントロピーは、系の内部エネルギーと温度、分配関数が分かれば求められることが分かります。
前項で示した通り、内部エネルギーが分配関数と温度で与えられるので、エントロピーは実質的に分配関数と温度から知ることができます。
ヘルムホルツ自由エネルギー
式(17)を用いればヘルムホルツ自由エネルギー \(F\) と分配関数 \(Z\) の間の関係も直ちに導くことができます。
ヘルムホルツ自由エネルギーは熱力学的に \(F = U - TS\) で定義されるので、これに沿って式(17)を変形すれば次式が得られます。
\[ \begin{align*} &U - TS = -k_\text{B}T \ln Z \\[15pt] &\therefore ~ F = -k_\text{B}T \ln Z \end{align*} \]
圧力
等温条件の下では、圧力 \(P\) はヘルムホルツ自由エネルギーの体積に関する偏微分係数として与えられます。
このことから圧力は分配関数を用いて次式で表されることが分かります。
\[ P = - \left( \frac{\partial F}{\partial V} \right)_{T, ~ n} = k_\text{B}T \left( \frac{\partial \ln Z}{\partial V} \right)_{T, ~ n} \]
ギブス自由エネルギー
ギブス自由エネルギー \(G\) は熱力学的に \(G = U - TS + PV\) で定義されます。
更にヘルムホルツ自由エネルギー \(F = U - TS\) と組み合わせると、\(G = F + PV\) となります。
既に導いた式(18)および式(19)から、ギブス自由エネルギーも分配関数を用いて記述することができます。
\[ G = F + PV = -k_\text{B}T \ln Z + k_\text{B}TV \left( \frac{\partial \ln Z}{\partial V} \right)_{T, ~ n} \]
エンタルピー
エンタルピー \(H\) は熱力学的に \(H = U + PV\) で定義されます。
前述までの内容からエンタルピーは分配関数 \(Z\) を用いて次のように表すことができます。
\[ H = k_\text{B}T^2 \left( \frac{\partial \ln Z}{\partial T} \right)_{V, ~ n} + k_\text{B}TV \left( \frac{\partial \ln Z}{\partial V} \right)_{T, ~ n} \]
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今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。