熱サイクルの可逆性・不可逆性を端的に表現できるクラウジウスの不等式を紹介します。
■目次■
クラウジウスの不等式とは
クラウジウスの不等式とは熱サイクルの可逆性・不可逆性について言及した関係式で次のように与えられます。
\[ \sum_{i = 1}^{N}\frac{Q_i}{T_i} \leq 0 \]
ここで \(N\) は熱源の数、\(Q_i\) は熱源 \(i\) と系がやり取りする熱、\(T_i\) は熱源 \(i\) の温度を表しています。
クラウジウスの不等式は複数の熱源によって動作する熱サイクル、つまり任意の熱サイクルについて成り立ちます。
クラウジウスの不等式の導出
2つの熱源で動作する熱サイクルの場合
まずは最も簡単な場合で2つの熱源によって動作する熱サイクルを考えてみます。
2つの熱源で動作する熱サイクルの代表例としてカルノーサイクルがあります。
式(1)について、熱源の数が \(N = 2\) のとき次式が得られます。
\[ \frac{Q_1}{T_1} + \frac{Q_2}{T_2} \leq 0 \]
まずはこれが本当に正しいのか確認するところから始めましょう。
手がかりはカルノーの定理のページで説明した、可逆サイクルと不可逆サイクルの熱効率の関係です。
それは次式(3)に示すとおり、2つの熱源を利用する不可逆サイクルの熱効率は、2つの熱源で動作する可逆サイクルの熱効率よりも必ず小さくなるというものです。
\[ \eta_{\text{~irr}} < \eta_{\text{~rev}} \]
添字はそれぞれ「不可逆」を意味する irreversible 、「可逆」を意味する reversible の頭文字から取りました。
そして不可逆過程と可逆過程について熱効率が具体的にどのように記述されるかというと…
可逆過程の場合はカルノーサイクルにおける熱効率と等しくなるのでした。つまり、2つの熱源の温度のみで次のように表すことができます。
\[ \eta_{\text{~rev}} = 1 - \frac{T_{\text{low}}}{T_{\text{high}}} ~~~ (~ T_{\text{low}} < T_{\text{high}} ~) \]
\(T_{\text{high}}\) は高温熱源の温度、\(T_{\text{low}}\) は低温熱源の温度を表しています。
他方で不可逆過程の場合はどうでしょうか…? それには熱効率の定義そのままを利用すれば良いです。
\[ \eta_{\text{~irr}} = \frac{W_{\text{cyc}}}{Q_{\text{in}}} = 1 + \frac{Q_{\text{out}}}{Q_{\text{in}}} \]
式(5)は熱効率の定義式なので、不可逆であろうが可逆であろうが常に成り立ちます。
記号の説明をしておくと、\(W_{\text{cyc}}\) は系が熱サイクル1周あたりに外界にする仕事、\(Q_{\text{in}}\) は熱サイクル1周あたりに系が吸収する熱量、逆に \(Q_{\text{out}}\) は放出する熱量です。
ただし、仕事と熱は符号に注意して下さい。
「仕事」は系が外界にするときに正の値を、「熱」は系が外から吸収するときに正の値を取るように設定しています。
以上より、式(4)および式(5)を実際に式(3)に代入して整理すれば次式が得られます。
\[ \begin{align*} 1 + \frac{Q_{\text{out}}}{Q_{\text{in}}} < 1 - \frac{T_{\text{low}}}{T_{\text{high}}} \\[15pt] \Leftrightarrow ~ \frac{Q_{\text{out}}}{T_{\text{low}}} + \frac{Q_{\text{in}}}{T_{\text{high}}} < 0 \end{align*} \]
さて式(2)に近づいてきたように見えますが、式(2)では等号が成立する場合も含まれています。
カルノーの定理から、等号成立は熱サイクルが可逆である場合のみ言えます。これも考慮すれば熱源が2つの場合におけるクラウジウスの不等式(2)が導けた事になります。
\[ \frac{Q_1}{T_1} + \frac{Q_2}{T_2} \leq 0 ~~~ \left( ~ \frac{Q_{\text{out}}}{T_{\text{low}}} + \frac{Q_{\text{in}}}{T_{\text{high}}} \leq 0 ~ \right) \]
ところで冒頭から熱を温度で割った量 \(\frac{Q_i}{T_i}\) を考え始めましたが、これは後に導入する状態量「エントロピー」の変化を表す式であることが分かるようになります。
状態量であるということは、\(\frac{Q_i}{T_i}\) は系の操作前後の状態によって決まるというわけです。
これが系の状態を記述する上でどのように役に立つかは、また別のコンテンツで解説することにします。
3つ以上の熱源で動作する熱サイクルの場合
ここからは熱源が3つ以上の場合におけるクラウジウスの不等式(1)の説明を行います。
一般性を考慮して熱源を \(N\) 個利用するものとしましょう。すると任意の熱サイクルを考えることができます。
例えば次の図で示すような閉曲線。こちらは楕円ですが更に複雑な形状のサイクルであっても良いです。
どうして熱源を複数利用すれば任意の熱サイクルが考えることができるのか…次の図を見ていただきましょう。
図中の赤色と青色の曲線群はそれぞれ等温線と断熱線を表しています。
任意の熱サイクルは、これら等温線と断熱線を交互にたどっていくことで再現することができます。
経路がギザギザしていますが、更に等温操作と断熱操作を細かくしていけば滑らかな曲線を再現することができるでしょう。
そして操作の途中でいくつかの等温線を横断していることからも分かる通り、任意の熱サイクルではその操作を実行するために複数の熱源が必要になることが分かります。
2つの等温線と2つの断熱線で囲まれた領域は1つのカルノーサイクルを表しています。
直前に示した図においては、閉曲線の内側に 多数の小さなカルノーサイクルを見出すことができます。
隣接するカルノーサイクルには 次の性質があって…
それぞれが共有する経路は ちょうど打ち消し合うため 外周のみを考えれば良いというものです。
つまり任意の熱サイクルは多数のカルノーサイクルが繋ぎ合わさったものと捉えることもできます。
逆に考えれば、任意の熱サイクルを都合の良いカルノーサイクルに分解することも可能であるということ。
例えば次の図は、任意の熱サイクルを縦長のカルノーサイクルで分割した状況を表す模式図です。
各カルノーサイクルについて、短辺が等温線、長辺が断熱線となるようにしています。
短辺の上下に何度の等温線の一部であるのかを \(T_i ~ ( ~1 \leq i \leq N~ )\) で示しました。
図中のそれぞれのカルノーサイクルは クラウジウスの不等式(2)が適用できるので 次式の成立が言えます。
\[ \begin{align*} \frac{Q_1}{T_1} &+ \frac{Q_N}{T_N} \leq 0 \\[15pt] \frac{Q_2}{T_2} &+ \frac{Q_{N - 1}}{T_{N - 1}} \leq 0 \\[15pt] & ~~~ \vdots \\[15pt] \frac{Q_{i - 1}}{T_{i - 1}} &+ \frac{Q_{i + 2}}{T_{i + 2}} \leq 0 \\[15pt] \frac{Q_i}{T_i} &+ \frac{Q_{i + 1}}{T_{i + 1}} \leq 0 \end{align*} \]
最後にこれらを足し合わせたものが元考えていた熱サイクルについて成立する関係のはずであり、実際に計算して整理することで 熱源の数が \(N\) の場合のクラウジウスの不等式(1)を導くことができます。
\[ \begin{align*} \left( \frac{Q_1}{T_1} + \frac{Q_N}{T_N} \right) + \left( \frac{Q_2}{T_2} + \frac{Q_{N - 1}}{T_{N - 1}} \right) + \cdots \left( \frac{Q_{i - 1}}{T_{i - 1}} + \frac{Q_{i + 2}}{T_{i + 2}} \right) + \left( \frac{Q_i}{T_i} + \frac{Q_{i + 1}}{T_{i + 1}} \right) &\leq 0 \\[15pt] \frac{Q_1}{T_1} + \frac{Q_2}{T_2} + \cdots \frac{Q_{i - 1}}{T_{i - 1}} + \frac{Q_i}{T_i} + \frac{Q_{i + 1}}{T_{i + 1}} + \frac{Q_{i + 2}}{T_{i + 2}} + \cdots + \frac{Q_{N - 1}}{T_{N - 1}} + \frac{Q_N}{T_N} &\leq 0 \end{align*} \\[15pt] \therefore ~ \sum_{i = 1}^N \frac{Q_i}{T_i} \leq 0 ~~~ \left( \text{ : eq(1)} \right) \]
またギザギザした経路を滑らかにするために、敷き詰めたカルノーサイクルを更に細かくする極限を考えます。
そのときクラウジウスの不等式は、和が積分に置き換わって次の表現に書き換わります。
\[ \oint \frac{\delta Q}{T} \leq 0 \]
ここで \(\oint\) は周回積分と言って、閉曲線上をグルっと回りながら積分することを表しています。
より一般的な観点からクラウジウスの不等式を導く
前節では熱源の数が \(N\) の場合について成立するクラウジウスの不等式の説明を行いました。
そこでは任意の熱サイクルをカルノーサイクルの寄せ集めによって再現するという考えのもとで話を展開しました。
しかしよく考えてみると、この説明には欠点があるように思えます。
それは、熱源の数 \(N\) が偶数に限定されてしまっているのではないか という事です。
もともとカルノーサイクルは2つの熱源で動作する熱サイクルでしたので、カルノーサイクル \(n\) 個で元の熱サイクルを再現するとなると、用いる熱源が \(2n\) 個となってしまいます。
少し気持ちが悪いので、以下ではクラウジウスの不等式の導出を前節とは異なる方法で説明していきます。
任意の熱サイクルを \(X\) とします。
\(X\) は温度が \(T_1\), \(T_2\), \(\cdots\), \(T_i\), \(\cdots\), \(T_N\) の \(N\) 個の熱源があれば可逆サイクルとして機能するものとします。
\(X\) は温度 \(T_i\) の熱源との間で \(Q_i\) の熱のやり取りをします。この時、\(Q_i\) が正の値なら \(X\) による吸熱を、負の値なら \(X\) からの発熱を表します。
\(X\) がサイクルを1周したときに外界へする仕事を \(W_{\text{cyc}}\) とします。
このとき、熱力学第一法則 \(\Delta U = -W + Q\) から次式の成立が言えます。
\[ 0 = - W_{\text{cyc}} + \sum_{i = 1}^N Q_i \]
続いてクラウジウスの不等式を導くに当たってカルノーサイクルを導入していくのですが、前節とは違って熱源を介して熱サイクル \(X\) と接続するようにします。
このとき温度 \(T_i\) の熱源と熱 \(Q'_i\) のやり取りをするカルノーサイクルを \(C_i\) と呼ぶことにしましょう。
また \(C_i\) は温度が \(T_0\) の熱源と \(q_i\) の熱のやり取りをするのものとします。
すると \(C_i\) について次式の成立が言えます。
\[ \frac{Q'_i}{T_i} + \frac{q_i}{T_0} = 0 \]
式(7)は式(2)の等号成立 ( 可逆過程 ) の場合を表しています。
更に \(C_i\) がサイクルを1周したときに外界へする仕事を \(w_i\) とすると、熱力学第一法則から次式が成立します。
\[ 0 = - w_i + q_i + Q'_i \]
ここからは熱力学の原理に立ち返っての展開となります。
次の図を見て下さい。
これは任意の熱サイクル \(X\) と 熱源の組 \(\{T_i\}\)、更にはカルノーサイクルの組 \(\{C_i\}\) をまとめて1つの系 ( 複合系 ) とみなしたものです。
するとこの複合系は \(T_0\) の熱源と熱 \(\sum q_i\) のやり取りをし、外界へ \(W_\text{cyc} + \sum w_i\) の仕事をするとみることができます。
このことは式(6)および式(8)から \(\sum Q_i\) および \(\sum Q'_i\) を消去すれば数学的にも確認が取れます。
ただし \(Q_i + Q'_i = 0\) の関係が成立することを設けます。なぜなら \(Q_i\) と \(Q'_i\) の収支が崩れていると、温度 \(T_i\) の熱源に熱の蓄積があると温度が変化してしまうためです。
では上記に留意して実際に整理すると次式のように成ることが確認できます。
\[ \left\{ \begin{align*} & ~~~ 0 = - W_{\text{cyc}} + \sum_{i = 1}^N Q_i \\[15pt] & ~~~ 0 = - w_i + q_i + Q'_i \\[15pt] & ~~~ Q_i + Q'_i = 0 \end{align*} \right. \\[30pt] 0 = - W_{\text{cyc}} - \sum_{i = 1}^N w_i + \sum_{i = 1}^N q_i \]
さて上記のように複合系を考えることで熱力学法則が適用しやすくなり、系に対してどの様な関係が成り立つ必要があるかを求めることができます。
もう一度 先の複合系を見ていただきたのですが、これは温度 \(T_0\) の単一熱源のみで動作する熱サイクルです。
ここで思い出して欲しいことは、熱サイクルが外界へ正の仕事をするためには 少なくとも2つの熱源を必要とすることです。
またこちらのページの式(11)にて説明していますが、等温環境下で系を操作して 最終的に状態を元に戻すとき、その間に系がする仕事は必ず 0 以下になります。
要するに温度 \(T_0\) の単一熱源を等温環境とした上記の複合系が サイクルを1周して状態が元に戻るまでにする仕事も 0 以下であるということです。
\[ \sum_{i = 1}^N q_i = W_{\text{cyc}} + \sum_{i = 1}^N w_i \leq 0 \\[15pt] \therefore ~ \sum_{i = 1}^N q_i \leq 0 \]
そして式(10)と式(7)から \(q_i\) を消去し、\(Q_i + Q'_i = 0\) の関係を用いて整理すれば、
\[ \begin{align*} &\sum_{i = 1}^N q_i \leq 0 \\[15pt] \Leftrightarrow ~ - &\sum_{i = 1}^N T_0 \frac{Q'_i}{T_i} \leq 0 \\[15pt] \Leftrightarrow ~ T_0 &\sum_{i = 1}^N \frac{Q_i}{T_i} \leq 0 \\[15pt] \therefore ~ &\sum_{i = 1}^N \frac{Q_i}{T_i} \leq 0 \end{align*} \]
といった具合にクラウジウスの不等式を導くことができます。
まとめ
2つの熱源で動作するカルノーサイクルのような熱サイクルについて、次式が成立します。
\[ \frac{Q_1}{T_1} + \frac{Q_2}{T_2} \leq 0 \]
\(Q_1\), \(Q_2\) はそれぞれ系が温度が \(T_1\), \(T_2\) の熱源とやり取りする熱を表しています。
これをクラウジウスの不等式と言い、可逆サイクルの場合は等号が成立します。
ただし、熱は系が吸収するときに正の値、放出するときに負の値をとることに注意して下さい。
また、任意の熱サイクルについて考えたときは普通多数の熱源を利用し、熱源の数が \(N\) の場合には上記クラウジウスの不等式を拡張した次式が成立します。
\[ \sum_{i = 1}^N \frac{Q_i}{T_i} \leq 0 \]
クラウジウスの不等式を利用することによって、任意の熱サイクルが可逆サイクルか或いは不可逆サイクルかを判断できます。
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今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。