断熱系がする仕事断熱仕事と、それを利用して定義できる熱力学系の総エネルギーである内部エネルギーについて解説します。
■このページで分かる内容のまとめ■
次の断熱操作を考えたとき
\[ (T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) ~ \xrightarrow{\text{a}} ~ (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n) \]
系が外界にする仕事を断熱仕事と言って次にように書きます。
\[ W_{\text{ad}}\big((T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \rightarrow (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n)\big) \]
断熱仕事には次のような特徴があります。
断熱仕事の大きさは、断熱操作前後における系の平衡状態にのみ依存する
断熱系特有の性質で非常に重要です。
また断熱仕事を利用して内部エネルギーを導入できます。
\[ \begin{align*} &\Delta U = -W_{\text{ad}}\big((T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \rightarrow (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n)\big) \\[15pt] &\Big( \Delta U \equiv U(T_\text{B};~ V_\text{B},~ n) - U(T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \Big) \end{align*} \]
系の内部エネルギーの変化量は断熱仕事量だけ変化することを表しています。
そして内部エネルギーには次の性質があることも重要です。
\[ \left( \frac{\partial U}{\partial T} \right)_{V, ~ n} \geq 0 \]
\[ \left( \frac{\partial U}{\partial V} \right)_{T, ~ n} \simeq 0 \]
内部エネルギーは温度についての増加関数であり、また系の体積変化にはほとんど影響されない性質を持ちます。
■目次■
断熱仕事
断熱系が次の操作(1)の最中に外界にする仕事を考えます。
\[ (T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) ~ \xrightarrow{\text{a}} ~ (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n) \]
これを断熱操作と言い、操作前後で系の温度が変化する特徴があります。
そしてこのとき系がする仕事が断熱仕事であり、記号では次のように表現します。
\[ W_{\text{ad}}\big((T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \rightarrow (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n)\big) \]
非常に長たらしいですが、これで1つの物理量として扱います。
断熱仕事の性質
ここで断熱仕事にはどのような性質があるかを示しておきます。
断熱仕事は経路依存性がない
断熱仕事の大きさは、断熱操作前後における系の平衡状態にのみ依存します。
つまり系がある状態から別の状態に変化するとき、経路に依らず断熱仕事の値は同じ値を取るということです。
例えば図のように状態Aから状態Bに変化するとき、上下どちらの経路をたどったとしても系がする仕事は \(W_{\text{ad}}\big((T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \rightarrow (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n)\big)\) となり同じ値を取ります。
「でも、熱力学系が外界にする仕事は経路依存性がありましたよね?」と思うかもしれませんが、これは実験的事実であり断熱仕事に経路依存性がないことを認める必要があります。
※断熱仕事に経路依存性がない事について、補足として後述します。
相加性
次の一連の操作を考えたとき、系が操作全体でする仕事は、それぞれの操作における断熱仕事の和に等しくなります。
\[ (T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) ~ \xrightarrow{\text{a}} ~ (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n) ~ \xrightarrow{\text{a}} ~ (T_\text{C};~ V_\text{C},~ n) \]
操作(2)全体で見ると、系は状態A \((T_\text{A};~ V_\text{A},~ n)\) から状態C \((T_\text{C};~ V_\text{C},~ n)\) に変化しているので、断熱仕事は \(W_\text{ad}\big( (T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \rightarrow (T_\text{C};~ V_\text{C},~ n) \big)\) と書けます。
これは前項で説明した、断熱仕事が操作前後の平衡状態によって一意に決まる性質から言えます。
そして系がする正味の断熱仕事は状態AB間と状態BC間での断熱仕事の和で表現されるので、以上のことから断熱仕事は次に示す和の関係が成立することが分かるでしょう。
\[ \begin{align*} & W_\text{ad}\big( (T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \rightarrow (T_\text{C};~ V_\text{C},~ n) \big) \\[15pt] & = W_\text{ad}\big( (T_\text{A};~ V_\text{A},~ n) \rightarrow (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n) \big) + W_\text{ad}\big( (T_\text{B};~ V_\text{B},~ n) \rightarrow (T_\text{C};~ V_\text{C},~ n) \big) \end{align*} \]
示量性
断熱仕事には示量性があるとし、系を \(\lambda\) 倍すれば断熱仕事も \(\lambda\) 倍になるものとします。
\[ W_\text{ad}\big( (T; ~ \lambda V_\text{A}, ~ \lambda n_\text{A}) \rightarrow (T; ~ \lambda V_\text{B}, ~ \lambda n_\text{B}) \big) = \lambda W_\text{ad}\big( (T; ~ V_\text{A}, ~ n_\text{A}) \rightarrow (T; ~ V_\text{B}, ~ n_\text{B}) \big) \]
ただし注意すべきは、式(2)左辺中の示量変数には全て \(\lambda\) が掛かっていることです。
示量変数全てに \(\lambda\) が掛かっていなければ、それは系を \(\lambda\) 倍にスケールした事にはなりません。
内部エネルギー
断熱仕事を利用して内部エネルギーを定義しましょう。内部エネルギーとは熱力学系がもつ総エネルギーと理解してください。
まずは内部エネルギーの説明に入る前に、仕事とエネルギーについておさらいしておくと…
「エネルギー」とは系の状態を表すもの、「仕事」とはその状態を変化させるものと捉えることができます。
- エネルギー : 系の状態を表すもの
- 仕事 ; 系のエネルギーを変化させるもの
図で理解すると簡単ですね。
\(W\) は系がする仕事、\(U_\text{A}\) は系が仕事する前のエネルギー、\(U_\text{B}\) は系が仕事をした後のエネルギーです。
そして仕事もエネルギーも同じ \([\text{J}]\) ( ジュール ) を次元にもつので単純な足し引きだけの関係が成立します。
\[ U_\text{A} - W = U_\text{B} \]
ただし \(W\) は系が外界に仕事をするときに正の値を取ることに注意して下さい。
また仕事によるエネルギーの変化量を \(\Delta U \equiv U_\text{B} - U_\text{A}\) とすると式(3)は次のように書き換えられます。
\[ \Delta U = -W \]
つまり系のエネルギー変化量は系がした仕事量に等しいということです。
さて本題の内部エネルギーについてですが、その変化量は式(4)の仕事 \(W\) をそのまま断熱仕事 \(W_\text{ad}\) に置き換えたもので与えられます。
\[ \Delta U = - W_\text{ad}\big( (T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) \rightarrow (T_\text{B}; ~ V_\text{B}, ~ n) \big) \]
式(4)と同様に、系の内部エネルギー変化量は断熱仕事量に等しいことを意味しています。
また内部エネルギーは状態量であり、系の平衡状態 \((T; ~ V, ~ n)\) によって一意に決まります。経験的にも同じ温度、体積、物質量をもつ系が異なるエネルギーを持つとは考えにくいですよね。
当サイトでは内部エネルギーを表現するのに \(U(T; ~ V, ~ n)\) と記述することにします。
例えば、状態Aおよび状態Bにおける内部エネルギーはそれぞれ \(U(T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n)\)、\(U(T_\text{B}; ~ V_\text{B}, ~ n)\) といった具合ですね。
内部エネルギーの性質
内部エネルギーは断熱仕事を用いることで導入したことから、内部エネルギーは断熱仕事と同様の性質を持ちます。
繰り返しになりますが、断熱仕事は
- 相加性
- 示量性
があるので、内部エネルギーも上記が成り立つということです。
相加性
異なる系を複合して1つの系としたとき、複合系全体のエネルギーは複合前のそれぞれの系単体のエネルギーの総和に等しくなります。
実際、系1と系2についてそれぞれ内部エネルギーが \(F_1(T; ~ V_1, ~ n_1)\)、\(F_2(T; ~ V_2, ~ n_2)\) であるとき、それぞれを複合した系の総エネルギーは次式のとおりとなります。
\[ U_1(T; ~ V_1, ~ n_1) + U_2(T; ~ V_2, ~ n_2) \]
示量性
系を \(\lambda\) 倍にしたときのエネルギーは、スケールする前のエネルギーの \(\lambda\) 倍になります。
すなわち次式の成立が言えます。
\[ U(T; ~ \lambda V, ~ \lambda n) = \lambda U(T; ~ V, ~ n) \]
補足 : 断熱仕事に経路依存性がない事について
ここまでの内容を踏まえれば、断熱仕事が経路依存しない事を理解できます。
結局上記で考えている内容は熱力学系におけるエネルギー保存の法則であり、系が断熱仕事をした分だけ内部エネルギーが変化するだけの話です。
一般に熱力学系がする仕事に経路依存性があるのは、仕事以外に「熱」が内部エネルギーを変化させるためです。
系が外部環境と熱 \(Q\) のやり取りを可能とする条件では次の熱力学第一法則が成立します。
\[ \Delta U = -W + Q \]
内部エネルギーの変化量は系の変化前後の状態によって決まっているので、言わば \(k = x + y\) のような不定方程式の問題になっているのです。
この仕事の自由度こそが、経路依存性ということです。
かたや断熱系では熱のやり取りを考える必要がなく、内部エネルギー変化と断熱仕事の1対1の関係が成立します ( \(\Delta U = -W_\text{ad}\) )。
したがって断熱仕事は系の変化前後の状態によって一意に決まることが分かります。
ここからは、更に内部エネルギーの性質である「温度依存性」および「体積依存性」について解説します。
結論から言うと、それぞれは次の関係にあります。
\[ \left( \frac{\partial U}{\partial T} \right)_{V, ~ n} \geq 0 \]
\[ \left( \frac{\partial U}{\partial V} \right)_{T, ~ n} \simeq 0 \]
式(6)について、温度変化に対する内部エネルギー変化が正なので、内部エネルギーは温度についての増加関数ということです。
式(7)については、体積変化に対する内部エネルギー変化が鈍感であることを表しています。
つまり概ね、内部エネルギーが大きい状態とは系の温度が高いことだと分かります。
これらの関係が、温度のみが変わる操作および体積のみが変わる操作について内部エネルギーと断熱仕事の関係を考えると導けることを見てみましょう。
内部エネルギーの温度依存性
内部エネルギーの温度依存性 ( 式(6) ) の導出には、系に対する次の操作を考えると良いです。
\[ (T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) ~ \xrightarrow{\textcolor{red}{\text{aq}}} ~ (T_\text{B}; ~ V_\text{B}, ~ n) ~ \xrightarrow{\text{a}} ~ (T_\text{C}; ~ V_\text{A}, ~ n) \]
操作(3)は、はじめ体積 \(V_\text{A}\) にある系を操作して \(V_\text{B}\) にし、再び \(V_\text{A}\) に戻しており、一連の操作全体で見ると最初と最後の体積は変化していません。
それぞれの過程で系がする断熱仕事を考えましょう。
初めの操作は準静的過程であるため、系がする断熱仕事は最大仕事 \(W_\text{max}\) となります。
\[ W_{\text{ad}}((T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) \rightarrow (T_\text{B}; ~ V_\text{B}, ~ n)) = W_{\text{max}} \]
続く操作について、まずは断熱仕事がどう表されるかを示します。
\[ W_{\text{ad}}((T_\text{B}; ~ V_\text{B}, ~ n) \rightarrow (T_\text{C}; ~ V_\text{A}, ~ n)) \leq - W_{\text{max}} \]
どういうことかと言うと…
もし2つ目の操作が準静的に行われたとしたら系は可逆変化を起こして元の状態に戻るので、仕事量はちょうど式(8)の逆符号である \(- W_\text{max}\) を取ります。
しかしこの操作は準静的ではないため、最大仕事の原理にしたがい断熱仕事は最大仕事よりも小さくなる必要があるということです。
以上、式(8)および式(9)をまとめると操作(3)によって系がする断熱仕事は、次の式展開のように必ず 0 より小さくなることが分かります。
\[ \begin{align*} W_{\text{ad}}((T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) \rightarrow (T_\text{B}; ~ V_\text{B}, ~ n)) &+ W_{\text{ad}}((T_\text{B}; ~ V_\text{B}, ~ n) \rightarrow (T_\text{C}; ~ V_\text{A}, ~ n)) < 0 \\[15pt] \therefore ~ W_{\text{ad}}((T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) &\rightarrow (T_\text{C}; ~ V_\text{A}, ~ n)) \leq 0 \end{align*} \]
式(10)の途中で前述した断熱仕事の相加性の関係を利用しました。
式(10)の結果を、内部エネルギーと断熱仕事の間に成立する関係 ( 式(5) : \(\Delta U = -W\text{ad}\) ) に適用すると次式が得られます。
\[ U(T_\text{C}; ~ V_\text{A}, ~ n) - U(T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) = - W_{\text{ad}}((T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) \rightarrow (T_\text{C}; ~ V_\text{A}, ~ n)) \geq 0 \]
したがって内部エネルギーには次の大小関係が成り立つことが分かります。
\[ U(T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) \leq U(T_\text{C}; ~ V_\text{A}, ~ n) ~~~ ( ~ T_\text{A} \leq T_\text{C} ~ ) \]
また操作前後で体積を変化させない断熱操作では、経験的に系の温度が上昇することは分かっているので \(T_\text{A} < T_\text{C}\) となります。( →詳しくはこちら )
式(12)は体積と物質量を固定して温度を変化させたとき、内部エネルギーが単調に増加する関係を表します。つまり内部エネルギーは温度についての増加関数だと言えます。
これを微分係数を用いて表すと式(6)が導かれます。
\[ \left( \frac{\partial U}{\partial T} \right)_{V, ~ n} \geq 0 \]
内部エネルギーの体積依存性
内部エネルギーの体積依存性 ( 式(7) ) は前節と同じ様に考えると、今度は操作全体で体積のみが変化する状況を考えれば良いと分かります。
\[ (T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) ~ \xrightarrow{\text{a}} ~ (T_\text{A}; ~ V_\text{B}, ~ n) \]
しかしこの状況をどの様に実現すれば良いかが問題です。
特に断熱操作では、系の温度はその時々の状況で決まるのであり私達が決める事ができないところが難点です。
そもそも気体の温度が変化してしまう原因について考えると、系の操作中に気体が仕事をするためです。
つまり気体に仕事をさせなければ、系の体積のみを変える操作を考えることができます。
その方法として断熱自由膨張があったことを思い出しましょう。
実際、断熱自由膨張では気体の膨張前後で温度がほとんど変化しないことが実験的に確認されています。
断熱自由膨張では気体は仕事をしないので、内部エネルギーと断熱仕事の関係 ( 式(5) : \(\Delta U = -W\text{ad}\) ) は次のようになります。
\[ \begin{align*} U(T_\text{A}; ~ V_\text{B}, ~ n) &- U(T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) \simeq 0 \\[15pt] \therefore ~ U(T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) &\simeq U(T_\text{A}; ~ V_\text{B}, ~ n) \end{align*} \]
つまり系の温度と物質量を固定して体積のみを変化させたとしても、系の内部エネルギーはほとんど変化しないということです。
これを微分係数で表現すると式(7)が得られます。
\[ \left( \frac{\partial U}{\partial V} \right)_{T, ~ n} \simeq 0 \]
また前述のとおり、断熱自由膨張では系の温度がほとんど変化しないのでしたが、これを理想化して変化がないとすると式(12)および式(13)は等号で表され
\[ U(T_\text{A}; ~ V_\text{A}, ~ n) = U(T_\text{A}; ~ V_\text{B}, ~ n) \\[15pt] \left( \frac{\partial U}{\partial V} \right)_{T, ~ n} = 0 \]
となります。
式(14)は理想気体において成立する関係であり、実際に熱力学的状態方程式という関係に理想気体の状態方程式を代入しても示すことができます。
【サイト運営 : だいご】
今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。