多くの場合、1つの成分で構成される系より複数の成分が存在する系を取り扱うことになります。
これを多成分系と言い、1成分系と比較しても複雑な状況となります。
当ページでは化学ポテンシャルからみた多成分系の記述について解説していくことにします。
多成分系の化学ポテンシャル
多成分系とは、複数の成分が存在する系の事を言います。
化学ポテンシャルは複数あるそれぞれの成分に対して与えられており、系が複雑になるほど考えるべき事も増えていきます。
1成分系における化学ポテンシャルの定義はギブス自由エネルギーの物質量に関する偏微分係数として与えられました。多成分系についても同様に定義することができます。
ただし注意しなければならないのは、系を構成する各種成分の物質量すべてを考慮する必要があることです。
例えば、系が \(r\) 種の成分によって構成される場合、\(i\) 番目の成分の化学ポテンシャル \(\mu_i\) は
\[ \mu_i(T, ~ P; ~ n_1, ~ n_2, ~ \cdots ~ n_r) = \left( \frac{\partial G(T, ~ P; ~ n_1, ~ n_2, ~ \cdots ~ n_r)}{\partial n_i} \right)_{T,P,n_{j\char`≠i}} \]
で与えられる事になります。
式(1)のように各成分の物質量すべてを表示すると非常に煩雑になるため、以降では次式のように物質量の組 \(\boldsymbol{n}\) を利用していくことにします。
\[ \mu_i(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) = \left( \frac{\partial G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})}{\partial n_i} \right)_{T,P,n_{j\char`≠i}} ~~~ \big( ~ \boldsymbol{n} = (n_1, ~ n_2, ~ \cdots ~ n_r) ~ \big) \]
化学ポテンシャルの物質量依存性
多成分系の化学ポテンシャルが物質量に依存することについて、もう少し詳しく見てみましょう。
まずそもそもの話ですが…1成分系の化学ポテンシャル \(\mu\) は、次式で表されるようにモルあたりのギブス自由エネルギーに等しく物質量に依存しません。
\[ \mu = \frac{G}{n} \]
式(2)に倣って多成分系における化学ポテンシャルも同様に表現できれば良いのですが、そうはならない事に注意しなければなりません。
\[ \mu_i = \frac{G}{n_i} ~~~ (\textcolor{red}{\times}) \]
ではどの様に表現されるか、オイラーの関係式を利用して明らかにすることができます。
オイラーの関係式とは、示強変数の組 \(\boldsymbol{Y} = (y_1, ~ y_2, ~ \cdots)\) と示量変数の組 \(\boldsymbol{X} = (x_1, ~ x_2, ~ \cdots, ~ x_r)\) をもつ関数 \(A\) に対して次式で表されるもので
\[ \begin{gather*} A(\boldsymbol{Y}; ~ \boldsymbol{X}) = x_1 \left(\frac{\partial A}{\partial x_1}\right) + x_2 \left(\frac{\partial A}{\partial x_2}\right) + \cdots + x_r \left(\frac{\partial A}{\partial x_r}\right) \left( ~ = \sum_{i = 1}^r x_i \left(\frac{\partial A}{\partial x_i}\right) ~ \right) \\[20pt] \boldsymbol{Y} = (y_1, ~ y_2, \cdots), ~ \boldsymbol{X} = (x_1, ~ x_2, ~ \cdots, ~ x_r) \end{gather*} \]
右辺は関数 \(A\) がもつ示量変数とちょうど同じ数だけ項が現れます。
多成分系のギブス自由エネルギー \(G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})\) に対してオイラーの関係式(3)を適用させると直ちに
\[ \begin{align*} G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) &= n_1 \left( \frac{\partial G}{\partial n_1} \right)_{T, P, n_{j\char`≠1}} + n_2 \left( \frac{\partial G}{\partial n_2} \right)_{T, P, n_{j\char`≠2}} + \cdots + n_r \left( \frac{\partial G}{\partial n_r} \right)_{T, P, n_{j\char`≠r}} \\[20pt] &= n_1 \mu_1 + n_2 \mu_2 + \cdots + n_r \mu_r \\[15pt] &= \sum_{i = 1}^r n_i \mu_i \end{align*} \]
を得ることができます。
\(i\) 番目の成分について化学ポテンシャル \(\mu_i\) を求めると
\[ \mu_i(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) = \frac{1}{n_i} \left(G - \sum_{j ~ \char`≠ ~ i}^r n_j \mu_j \right) \]
となって、物質量に依存することを理解することができます。
ギブス・デュエムの式
多成分系について各成分の化学ポテンシャルが変化する際に、系にどのような影響が及ぶか確認してみましょう。
それには1成分系における化学ポテンシャルの全微分の導出と同じ手続きを多成分系に適用すれば良いだけです。
具体的には、\(G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})\) の全微分を2通りで表して連立させればよく、
\[ \begin{gather*} dG(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) = \left( \frac{\partial G}{\partial T} \right)_{P,\boldsymbol{n}} dT + \left( \frac{\partial G}{\partial P} \right)_{T,\boldsymbol{n}} dP + \sum_{i = 1}^r \left( \frac{\partial G}{\partial n_i} \right)_{T, P, n_{j\char`≠i}} dn_i \\[20pt] \Rightarrow ~ dG(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) = - S dT + V dP + \sum_{i = 1}^r \mu_i dn_i \end{gather*} \]
また、式(4)の微分から
\[ dG = \sum_{i = 1}^r \mu_i dn_i + \sum_{i = 1}^r n_i d\mu_i \]
が得られるので、それぞれ式(6)と式(7)から \(dG\) を消去することで目的の式を導くことができます。
\[ S dT - V dP + \sum_{i = 1}^r n_i d\mu_i = 0 \]
式(8)はギブス・デュエムの式と呼ばれており、系の示強変数 \(T, ~ P, ~ \mu_i\) に関する束縛条件を与えてくれます。
例えば、\(i\) 番目の成分の化学ポテンシャルが変化する場合、式(8)にしたがって温度・圧力、その他の成分の化学ポテンシャル全てに影響が及ぼされるということです。
また温度・圧力一定条件の場合、式(8)は次のように化学ポテンシャル項のみで表現することができます。
\[ \sum_{i = 1}^r n_i d\mu_i = 0 \]
この場合でも、各成分間の化学ポテンシャルは独立に振る舞うことなく互いに影響し合うことが分かります。
多成分系の平衡条件
多成分系が平衡状態にあるとき、どのような条件を満たしている必要があるか考えてみましょう。
次に示すのは、特定の成分のみが透過できる特殊な仕切りによって2つの空間に仕切られた容器です。
容器内には仕切りを透過できる成分が \(s\) 種、透過できない成分が \(t\) 種あるものとし、またそれぞれ物質量の組を \(\boldsymbol{n} = (n_1, ~ n_2, ~ \cdots, ~ n_s)\)、\(\boldsymbol{n}' = (n'_1, ~ n'_2, ~ \cdots, ~ n'_t)\) と表すことにします。
以降で示す計算から分かるのですが、実は仕切りを透過できない成分は 満たされるべき平衡条件 に影響を与えないのです。
そのため仕切りを透過できない成分は全て空間1に存在するという簡単な状況設定の下で話を展開していくことにします。
空間1および空間2におけるギブス自由エネルギーは式(4)によって各成分の物質量と化学ポテンシャルで表すことができます。
\[ \begin{align*} \text{Space 1 : } &G_1(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(1)}, ~ \boldsymbol{n'}) = \sum_{i = 1}^s n_i^{(1)} \mu_i^{(1)} + \sum_{j = 1}^t n'_j \mu'_j \\[20pt] \text{Space 2 : } &G_2(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(2)}) = \sum_{i = 1}^s n_i^{(2)} \mu_i^{(2)} \end{align*} \]
上付き文字「(1)」「(2)」によって空間1および空間2の物質量および化学ポテンシャルであることを区別しています。
また、仕切りを透過できない成分の化学ポテンシャルは \(\mu'_j\) としています。
続けて、系全体のギブス自由エネルギー \(G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(1)}, ~ \boldsymbol{n}^{(2)}, ~ \boldsymbol{n}')\) は、相加性によって空間1および空間2のギブス自由エネルギーの和で表されます。
\[ \begin{align*} G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(1)}, ~ \boldsymbol{n}^{(2)}, ~ \boldsymbol{n}') &= G_1(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(1)}, ~ \boldsymbol{n'}) + G_2(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(2)}) \\[15pt] &= \sum_{i = 1}^s \big( n_i^{(1)} \mu_i^{(1)} + n_i^{(2)} \mu_i^{(2)} \big) + \sum_{j = 1}^t n'_j \mu'_j \end{align*} \]
系が平衡状態にあるとき \(dG = 0\) が成り立つので式(11)の微分を考えて 0 と置けば
\[ dG = \sum_{i = 1}^s \big( \mu_i^{(1)} dn_i^{(1)} + n_i^{(1)} d\mu_i^{(1)} + \mu_i^{(2)} dn_i^{(2)} + n_i^{(2)} d\mu_i^{(2)} \big) + \sum_{j = 1}^t \big( \mu'_j dn'_j + n'_j d\mu'_j \big) = 0 \]
となりますが、ここでギブス・デュエムの式(9)を利用して \(d\mu\) の項を消すことができるので、結果として次のようになります。
\[ \sum_{i = 1}^s \big( \mu_i^{(1)} dn_i^{(1)} + \mu_i^{(2)} dn_i^{(2)} + \big) + \sum_{j = 1}^t \mu'_j dn'_j = 0 \]
更に仕切りを透過できない成分については、空間1から流出することはないので、物質量変化 \(dn'_j\) が 0 であることが分かります。
したがって式(13)は
\[ \sum_{i = 1}^s \big( \mu_i^{(1)} dn_i^{(1)} + \mu_i^{(2)} dn_i^{(2)} \big) = 0 \]
となります。
また仕切りを透過できる成分についても容器全体から流出することはないので、つまり空間1および空間2の物質量の和は保存されるので \(dn_i^{(1)} + dn_i^{(2)} = 0\) が成立します。
このことから式(14)は次のように書き換えることができます。
\[ \sum_{i = 1}^s \big( \mu_i^{(1)} - \mu_i^{(2)} \big) dn_i^{(1)} = 0 \]
ここで \(i\) 番目の成分の物質量変化 \(dn_i^{(1)}, dn_i^{(2)}\) は、異なる成分の物質量変化とは独立に生じると考えられます。
したがって、あらゆる \(dn_i^{(1)}\) に対して式(15)が恒等的に成立するため、次の関係も同時に成立することが求められるわけです。
\[ \mu_i^{(1)}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(1)}, ~ \boldsymbol{n}') = \mu_i^{(2)}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{(2)}) \]
この式(16)が多成分系において要求される平衡条件となります。
そして興味深いことは、系は複雑な状態でありながらも 満たされるべき平衡条件 は非常に簡潔であり、それぞれの成分だけに着目して化学ポテンシャルを扱えば良いと言うのです。
多成分系における気液平衡
前節で扱ってきた内容を、多成分系における気液平衡に適用することができます。
それには2つに仕切られた空間それぞれを気相および液相とし、また特定の成分のみ透過できる仕切りを気液界面とみなせば良いのです。
気相と液相が共存する系では、一般に揮発性・不揮発性液体と不溶性気体が混在すると考えて良いでしょう。
- 揮発性成分 : 液体から気体に状態変化しやすい成分
- 不揮発性成分 : 液体から気体に状態変化しにくい成分
- 不溶性成分 : 液相に溶解しにくい成分
系が平衡状態あるとき、揮発性成分は気相および液相の両方に存在することになります。
一方で不揮発性成分の多くは液相に、不溶性成分の多くは気相に存在することになります。これらは界面を越えて相の間を移動することは殆どありません。
つまり、揮発性成分は式(16)で示される条件式の成立が要求され、不揮発性成分および不要性成分は平衡条件には関与しないということです。
もちろん以上の内容は気液平衡状態に限らず、固液平衡、固気平衡に対しても同様に考えることできます。
混合気体の化学ポテンシャル
多成分系の化学ポテンシャルの一例として、混合された理想気体の化学ポテンシャルを計算してみましょう。
式(1)で示したように、多成分系の化学ポテンシャルはギブス自由エネルギーの物質量に関する偏微分係数として与えられます。
混合された理想気体のギブス自由エネルギー \(G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})\) は、混合前の各成分のギブス自由エネルギーを \(G_i(T, ~ P; ~ n_i)\)、混合後の成分 \(i\) の分圧を \(P_i\) としたとき
\[ G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) = \sum_{i = 1}^r G_i(T, ~ P; ~ n_i) + RT \sum_{i = 1}^r n_i \ln \frac{P_i}{P} \]
のように記述されます。
したがって、式(17)を両辺 \(n_i\) で偏微分すれば、次に示すように成分 \(i\) の化学ポテンシャル \(\mu_i(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})\) を得ることができます。
\[ \begin{align*} \text{eq(18.1)} ~~~~~ & \left( \frac{\partial G(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})}{\partial n_i} \right)_{T, ~ P, ~ n_{j\char`≠i}} = \sum_{i = 1}^r \left( \frac{\partial G_i(T, ~ P; ~ n_i)}{\partial n_i} \right)_{T, ~ P} + RT \left( \frac{\partial }{\partial n_i} \sum_{i = 1}^r n_i \ln \frac{P_i}{P} \right)_{T, ~ P, ~ n_{j\char`≠i}} \\[30pt] \text{eq(18.2)} ~~~~~ & \Rightarrow ~ \mu_{i}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) = \mu_i(T, ~ P) + RT \ln \frac{P_i}{P} \end{align*} \]
※対数項の微分について、補足資料をこちらに掲載しておきます。
式(18.2)の \(\mu_{i}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n})\) が混合気体中の成分 \(i\) の化学ポテンシャルであり、一方で \(\mu_i(T, ~ P)\) は混合前の成分 \(i\) の化学ポテンシャルです。
\(\mu_i(T, ~ P)\) は言い換えれば1成分系の化学ポテンシャルであり、圧力依存性から次の関係式が成立しています。
\[ \mu_i(T, ~ P) = \mu_i(T, ~ P^\circ) + RT \ln \frac{P}{P^\circ} \]
式中の \(P^\circ\) は標準状態での圧力を表しています。
式(19)を式(18.2)に代入すれば混合気体中の成分 \(i\) の化学ポテンシャルが分圧 \(P_i\) によって記述できることが分かります。
\[ \mu_{i}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}) = \mu_i(T, ~ P^\circ) + RT \ln \frac{P_i}{P^\circ} \]
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今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。