溶液が理想的に振る舞うときラウールの法則を利用して、各成分の蒸気圧を計算することができます。
■このページで分かる内容のまとめ■
温度 \(T\) で気液平衡状態にある理想溶液について、液相中の成分 \(i\) のモル分率が \(x_i\) であるとき、蒸気圧 \(P_i\) はラウールの法則によって次式で記述できます。
\[ P_i = P_i^* x_i \]
ここで \(P_i^*\) は純粋な成分 \(i\) が温度 \(T\) で示す蒸気圧です。
ラウールの法則
溶液が理想的に振る舞うとき、各成分の蒸気圧を計算によって求めることができます。
成分 \(i\) の蒸気圧を \(P_i\) としたとき、溶液中の成分 \(i\) のモル分率 \(x_i\) と純粋な成分 \(i\) の蒸気圧 \(P_i^*\) を用いて次の関係が成り立ちます。
\[ P_i = P_i^* x_i \]
もし気相が混合気体であれば成分 \(i\) の蒸気圧 \(P_i\) は分圧となります。
またラウールの法則は、気相の物理量である圧力 \(P_i\), \(P_i^*\) と液相の物理量であるモル分率 \(x_i\) を繋げる法則です。
物理的な意味を捉えようとする以前に認識しておくべき事は、ラウールの法則はあくまでも近似であるということ。詳細は後述する内容から理解できます。
ラウールの法則の導出
体積一定の真空容器に混合溶液を加えてしばらく静置させると溶液が揮発し容器内が蒸気で満たされます。
気液平衡状態で液相および気相中の成分 \(i\) の化学ポテンシャルが等しくなることを利用して、ラウールの法則を導いてみましょう。
まず成分 \(i\) の化学ポテンシャルを求めます。
いま温度・体積一定条件であるためヘルムホルツ自由エネルギーを利用すると良く、液相および気相での混合ヘルムホルツ自由エネルギー変化 \(\Delta F_\text{mix}\) は次式で与えられます。
\[ \Delta F^{(\text{L})}_\text{mix} = RT \sum_{i = 1}^r n^{(\text{L})}_i \ln x_i \]
\[ \Delta F^{(\text{G})}_\text{mix} = -RT \sum_{i = 1}^r n^{(\text{G})}_i \ln \frac{V^{\text{(G)}}_i}{V^{\text{(G)}}} \]
- \(n^{(\text{L})}_i\) : 液相に存在する成分 \(i\) の物質量
- \(n^{(\text{G})}_i\) : 気相に存在する成分 \(i\) の物質量
- \(V^{\text{(G)}}\) : 気相の体積
- \(V^{\text{(G)}}_i\) : 混合前の成分 \(i\) の体積
ここで上付き文字 \(\text{(L)}\), \(\text{(G)}\) はそれぞれ液体および気体についての物理量である事を明示するために付けたものです。
\[ \begin{align*} &\text{eq(4.1) :} ~~~~~ P V^{\text{(G)}}_i = n^{\text{(G)}}_i RT \\[15pt] &\text{eq(4.2) :} ~~~~~ P_i V^{\text{(G)}} = n^{\text{(G)}}_i RT \\[15pt] &\text{eq(4.3) :} ~~~~~ P V^{\text{(G)}} = n^{\text{(G)}} RT ~~~ \left( ~ n^{\text{(G)}} = \sum_i n^{\text{(G)}}_i ~ \right) \end{align*} \]
式(4)は後ほど利用します。また式(2)および式(3)について、詳細を確認したい方は下記のページを御覧ください。
混合ヘルムホルツ自由エネルギー変化は、混合前後のヘルムホルツ自由エネルギー差なので次式で与えられます。
\[ \begin{align*} \text{eq(5.1) :} ~~~~~ \Delta F^{(\text{L})}_\text{mix} &= F^{(\text{L})}(T; ~ V^{\text{(L)}}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{L})}) - \sum_{i = 1}^r F^{(\text{L})}_i(T; ~ V^{\text{(L)}}_i, ~ n^{(\text{L})}_i) \\ \text{eq(5.2) :} ~~~~~ \Delta F^{(\text{G})}_\text{mix} &= F^{(\text{G})}(T; ~ V^{\text{(G)}}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{G})}) - \sum_{i = 1}^r F^{(\text{G})}_i(T; ~ V^{\text{(G)}}_i, ~ n^{(\text{G})}_i) \end{align*} \]
- \(F^{(\text{L})}(T; ~ V^{\text{(L)}}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{L})})\) : 混合後の系のヘルムホルツ自由エネルギー
- \(F^{(\text{L})}_i(T; ~ V^{\text{(L)}}_i, ~ n^{(\text{L})}_i)\) : 混合前の純粋な成分 \(i\) のヘルムホルツ自由エネルギー
- \(V^{\text{(L)}}\) : 液相の体積
- \(V^{\text{(L)}}_i\) : 混合前の成分 \(i\) の体積
これらを式(2)および式(3)に代入すれば次式が得られます。
\[ F^{(\text{L})}(T; ~ V^{\text{(L)}}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{L})}) = \sum_{i = 1}^r F^{(\text{L})}_i(T; ~ V^{\text{(L)}}_i, ~ n^{(\text{L})}_i) + RT \sum_{i = 1}^r n^{(\text{L})}_i \ln x_i \]
\[ F^{(\text{G})}(T; ~ V^{\text{(G)}}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{G})}) = \sum_{i = 1}^r F^{(\text{G})}_i(T; ~ V^{\text{(G)}}_i, ~ n^{(\text{G})}_i) - RT \sum_{i = 1}^r n^{(\text{G})}_i \ln \frac{V^{\text{(G)}}_i}{V^{\text{(G)}}} \]
式(6)と式(7)のそれぞれを成分 \(i\) の物質量 \(n_i\) で偏微分すると混合物中の成分 \(i\) の化学ポテンシャルが得られます。
\[ \mu^{(\text{L})}_i(T; ~ V^{(\text{L})}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{L})}) = \mu^{(\text{L})}_i(T; ~ V^{(\text{L})}_i, ~ n^{(\text{L})}_i) + RT \ln x_i \]
\[ \mu^{(\text{G})}_i(T; ~ V^{(\text{G})}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{G})}) = \mu^{(\text{G})}_i(T; ~ V^{(\text{G})}_i, ~ n^{(\text{G})}_i) - RT \ln \frac{V^{\text{(G)}}_i}{V^{\text{(G)}}} \]
ここで式(4)を利用して、化学ポテンシャルを温度・体積表示から温度・圧力表示に置き換えます。
\[ \begin{align*} V^{\text{(G)}}_i &= \frac{n^{\text{(G)}}_i RT}{P} = \textcolor{red}{V^{\text{(G)}}_i(T, ~ P; ~ n^{\text{(G)}}_i)} \\[15pt] V^{\text{(G)}} &= \left\{ \begin{align*} & ~ \frac{n^{\text{(G)}}_i RT}{P_i} = V^{\text{(G)}}(T, ~ P_i; ~ n^{\text{(G)}}_i) \\[15pt] & ~ \frac{n^{\text{(G)}} RT}{P} = \textcolor{red}{V^{\text{(G)}}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(G)}})} \end{align*} \right. \end{align*} \]
平衡状態では、液相は気相とつり合っている必要があることから、式(10)と同様に次式が成立します。
\[ \begin{align*} V^{\text{(L)}}_i &= \textcolor{red}{V^{\text{(L)}}_i(T, ~ P; ~ n^{\text{(L)}}_i)} \\[15pt] V^{\text{(L)}} &= \left\{ \begin{align*} & ~ V^{\text{(L)}}(T, ~ P_i; ~ n^{\text{(L)}}_i) \\[15pt] & ~ \textcolor{red}{V^{\text{(L)}}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}})} \end{align*} \right. \end{align*} \]
各相の化学ポテンシャルの式(8), (9)に対して上式(10), (11)の赤色で示した式を適用して
\[ \begin{gather*} \mu^{(\text{L})}_i \big(T; ~ \textcolor{red}{V^{\text{(L)}}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}})}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{L})} \big) = \mu^{(\text{L})}_i \big(T; ~ \textcolor{red}{V^{\text{(L)}}_i(T, ~ P; ~ n^{\text{(L)}}_i)}, ~ n^{(\text{L})}_i \big) + RT \ln x_i \\[15pt] \begin{align*} \Rightarrow ~ \mu^{(\text{L})}_i (T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}}) &= \mu^{(\text{L})}_i (T, ~ P; ~ n^{\text{(L)}}_i) + RT \ln x_i \\[15pt] &= \mu^{(\text{L})}_i (T, ~ P) + RT \ln x_i \end{align*} \end{gather*} \]
\[ \begin{gather*} \mu^{(\text{G})}_i \big(T; ~ \textcolor{red}{V^{\text{(G)}}(T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(G)}})}, ~ \boldsymbol{n}^{(\text{G})} \big) = \mu^{(\text{G})}_i \big(T; ~ \textcolor{red}{V^{\text{(G)}}_i(T, ~ P; ~ n^{\text{(G)}}_i)}, ~ n^{(\text{G})}_i \big) + RT \ln \textcolor{red}{\frac{P_i}{P}} \\[15pt] \begin{align*} \Rightarrow ~ \mu^{(\text{G})}_i (T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(G)}}) &= \mu^{(\text{G})}_i (T, ~ P; ~ n^{\text{(G)}}_i) + RT \ln \frac{P_i}{P} \\[15pt] &= \mu^{(\text{G})}_i (T, ~ P) + RT \ln \frac{P_i}{P} \end{align*} \end{gather*} \]
が得られます。
ただし、1成分の化学ポテンシャルは物質量に依存しないため \(n^{\text{(L)}}_i\), \(n^{\text{(G)}}_i\) を省略しました。
平衡状態における液相と気相に存在する成分 \(i\) のつり合いの式は
\[ \mu^{(\text{L})}_i (T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(L)}}) = \mu^{(\text{G})}_i (T, ~ P; ~ \boldsymbol{n}^{\text{(G)}}) \]
であり、式(14)に式(12)および式(13)を代入すれば次式が得られます。
\[ \mu^{(\text{L})}_i (T, ~ P) + RT \ln x_i = \mu^{(\text{G})}_i (T, ~ P) + RT \ln \frac{P_i}{P} \]
ところで純粋な成分 \(i\) の液体と蒸気の気液平衡では、平衡蒸気圧を \(P_i^*\) として次式が成立しています。
\[ \mu^{(\text{L})}_i(T, ~ P_i^*) = \mu^{(\text{G})}_i(T, ~ P_i^*) \]
この式(16)を式(15)に次式に示すように挿入してみましょう。
\[ \mu^{(\text{L})}_i(T, ~ P) - \textcolor{red}{\mu^{(\text{L})}_i(T, ~ P_i^*)} + RT \ln x_i = \mu^{(\text{G})}_i(T, ~ P) - \textcolor{red}{\mu^{(\text{G})}_i(T, ~ P_i^*)} + RT \ln \frac{P_i}{P} \]
両辺に現れる化学ポテンシャル差について考えます。
液相について…
化学ポテンシャルが状態量であることを利用して積分型に戻します。
\[ \mu^{(\text{L})}_i(T, ~ P) - \mu^{(\text{L})}_i(T, ~ P_i^*) = \int_{P_i^*}^P \left( \frac{\partial \mu^{\text{(L)}}_i}{\partial P} \right)_T dP \]
1成分化学ポテンシャルの圧力に関する偏微分係数はモル体積に等しく \(\left( \frac{\partial \mu^{\text{(L)}}_i}{\partial P} \right)_T = \bar{V}^{\text{(L)}}_i\) であるから
\[ \mu^{(\text{L})}_i(T, ~ P) - \mu^{(\text{L})}_i(T, ~ P_i^*) = \int_{P_i^*}^P \bar{V}_i^{\text{(L)}} dP = \bar{V}_i^{\text{(L)}} (P - P_i^*) \]
が得られます。ただし、積分する圧力する範囲でモル体積が変化しないとして計算をしていることに注意してください。
実際、一般に液体の体積は圧力によって著しく変化することは無いため正当な仮定として理解できるでしょう。
一方で気体の化学ポテンシャルについては…
圧力依存性から次式が成立します。
\[ \mu^{(\text{G})}_i(T, ~ P) - \mu^{(\text{G})}_i(T, ~ P_i^*) = RT \ln \frac{P}{P_i^*} \]
以上、式(19), (20)を式(17)に代入して整理すると
\[ \bar{V}_i^{\text{(L)}} (P - P_i^*) = RT \ln \frac{P_i}{P_i^* x_i} \]
が得られます。
純粋な成分 \(i\) の気体が理想的に振る舞うなら、理想気体の状態方程式からモル体積は
\[ \bar{V}_i^{\text{(G)}} = \frac{RT}{P_i^*} \]
で与えられるので、式(21), (22)から \(RT\) を消去して整理すると次式が導かれます。
\[ \begin{align*} &\text{eq(23.1) :} ~~~~~ \frac{\bar{V}_i^{\text{(L)}}}{\bar{V}_i^{\text{(G)}}} \left( \frac{P}{P_i^*} - 1 \right) = \ln \frac{P_i}{P_i^* x_i} \\[20pt] &\text{eq(23.2) :} ~~~~~ \Leftrightarrow ~ \exp \bigg[ \frac{\bar{V}_i^{\text{(L)}}}{\bar{V}_i^{\text{(G)}}} \left( \frac{P}{P_i^*} - 1 \right) \bigg] = \frac{P_i}{P_i^* x_i} \end{align*} \]
そして、一般に液体と気体のモル体積の大小は \(\bar{V}^{\text{(L)}} \ll \bar{V}^{\text{(G)}}\) で約1000倍ほど差があるので、結果として式(23.2)の指数項はほぼ 1 とみなせます。
したがって、近似式としてラウールの法則が得られるという結論です。
\[ P_i = P_i^* x_i \]
ラウールの法則の例
本節では2成分系を例に取り上げて、成分の混合比に対する溶液の蒸気圧の変化について見ていきます。
2成分溶液系がラウール法則を満たすとき、その蒸気圧 \(P\) は各成分の分圧を \(P_1\), \(P_2\) として次式で表すことができます。
\[ \begin{align*} P &= P_1 + P_2 \\[15pt] \therefore ~ P &= P^*_1 x_1 + P^*_2 x_2 \end{align*} \]
溶液中の各成分についてモル分率は \(x_1 + x_2 = 1\) の関係にあるので、\(x_1\) のみに整理すると次式が得られます。
\[ P = (P^*_1 - P^*_2) x_1 + P^*_2 \]
混合比 \(x_1\) に対する蒸気圧 \(P\) のグラフを次に示します。
理想的な蒸気圧挙動を示す実例としてはベンゼンとトルエンの混合物などがあります。
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今年で物理化学歴11年目になります。
大学入試2次数学でたった3割しか得点できなかったいわゆる数弱落ちこぼれ。それでも好きこそものの上手なれと言ったところか、学会で最優秀賞受賞したり首席卒業できてしまったので、役に立つ知識を当サイトに全て惜しみなく公開しようと思います。ブックマークをオススメ。